エアリスは丘の上でぼんやりと過ごすことが多くなった。
その傍らには、いつもクラウドが 彼女を守るように寄り添っている。
多大な情報の収集整理に追われつつ、ツォンはふたりの 動向に常に注意していた。

(変わったな)
どこか、様子が変わった。
クラウドではなく、エアリスが。
(あのふたりを共に居させることが、吉と出るか狂と 出るか・・・)
「ツォン」
ヴィンセントが声を固くして呼びかけた。
この数日、彼は専門知識を駆使して、 魔物の出現する地域を予測することに没頭していた。
不確かな生態の魔物達だが、綻びた『穴』がひとつであると仮定すれば、 この世界にそれらが出現する場所も、ひとつだ。
「・・・三つのポイントに絞り込んでみた」
ヴィンセントは声をやや低めにして、ツォンに報告する。
元から顔色の良くない彼だが、今日は更に目元まで落ち窪んでいた。
(お互い、鏡を見ない方がいいな)
そんなことをぼんやり思いながら、 目の前に出された報告書に素早く目を通す。
「上等だ」
ひと言そう云い放つと、ツォンはぎしりと椅子から立ち上がり、 ドアの外に居るであろう警護兵に伝令した。
「エアリスとクラウドを此処へ」
「・・・ふたりを呼んでどうするつもりだ?」
半ば呆れたように問うヴィンセントへ、ツォンはやれやれと云いたげな 視線を向けた。
「くどいな、推測はついてるだろうに」
ふう、と短く息を吐き。
ヴィンセントはばさりとマントを翻す。
「このデータを元に、クラウドに最も可能性のあるポイントを 選ばせ、そしてエアリスを囮にする、か」
「端的に云えばそういうことになるな」
再び椅子に座り直すと、ツォンは 抽斗から数枚の紙を取り出し、ざざざ、とペンを走らせ始めた。
すでに彼は具体的な作戦案やら戦闘配置図やらを、 組み立て始めているらしい。

「・・・わたしたちは、酷い大人だな」
ヴィンセントは口元をマントに埋(うず)めながらぽつりと漏らした。
ざざざ。
ペンは紙の上を滑り続ける。
   わが娘に、毛筋ほどの傷も許すつもりはない。
 わたしもクラウドも、万全を期し遂行する」
くくっとヴィンセントの喉が動いた。
笑ったのは随分久しぶりな気がする。
「それでこそ、ツォン・・・我が古き友だ」





「見て、見て!
 わたしこんな服着たの、初めて!」
くるくると回りながらエアリスは楽しそうに声を上げた。
普段はおしとやかなロングドレスに大きなリボンを 揺らしているが、今日は二本の足に纏わり付く長い裾のスカートではない。
白くて丸い膝頭を出して、きゅっと髪を三つ編みにして。
しゃらしゃらと銀色の軽やかな鎖帷子(くさりかたびら)を、陽の光に 反射させてみたりする。
「・・・そんなにはしゃいでると疲れるぞ?」
クラウドが腰の剣をかちゃりと鳴らして振り返った。
「うーん、だって動きやすいんだもの」
「俊敏に動くための服装だろ?」
「でも銀の帷子って重いんだねー」
相変わらずしゃらしゃらと鳴らしてエアリスは 帷子をいじっている。
「・・・魔除けが編み込まれてる」
「え?」
クラウドが腰を屈めて、薄い上着の下の帷子に触れた。
「俺たちの時代(ころ)からあった、呪(まじな)いだ。
 ・・・まだ伝えられてるんだな」
懐かしそうに目を細める彼の顔を、エアリスはおもしろく なさそうに見下ろした。
「クラウドは昔のことばっかり」
「?」
不思議そうに顔を上げたクラウドの鼻先を、 ぴん、と人差し指で弾く。
「・・・たっ!?な、何する・・・」
「えへへ〜、ダメだよ、気を引き締めないと!」
エアリスはきゃらきゃらと笑いながら、姿を見せたツォンの方へ 駆けだした。
まだ少しじんじんする鼻先を撫でながら、 クラウドは困ったように眉間に軽く皺を寄せた。
(ああいうとこ、変わらないな)
辛い時も、哀しい時も、彼女は。
      笑うことを忘れなかった。

キン。

剣の鍔が小さく鳴った。
大気が張り詰めてゆくのが解る。
数日前、ツォンから示された幾つかの『穴』のポイント。
その中で谷間(たにあい)で樹々の鬱蒼とした この場所を選んだのは、他ならぬ自分だ。
己の五感を全て使って、感じ取った。
そして、それは。
(間違いない)

この森の上空に『穴』は在る。



「いいか、エアリス」
黒の鎧に身を包んだツォンが、駆け寄ってきたエアリスを抱き上げると 肩へ乗せた。
「はい、ツォンさま」
嬉しそうにその首に両腕を回し、エアリスが頬を寄せる。
「おまえの力が、ヤツらをおびき寄せる。
 それを利用して、ヤツらを一網打尽にする」
「はい」
「気力も時間も削られるだろう。
    出来るか?」
「はい、出来ます」
淀みなく答えた小さな少女の頭を、ツォンは 優しく撫でた。
「・・・怖くは、ないか?」
「どうして?」
髪を撫でる優しい手のひらに、エアリスは気持ちよさそうに 目蓋を閉じた。

わたしにとって、一番強くて一番怖い人はツォンさま。
だから何を恐れるの?
ね?わかんないよ?ツォンさま。
それに現在(いま)。
クラウドが傍に居てくれてるんだよ         

怯えた様子を見せないエアリスに、ツォンは密かに 舌を巻いていた。
両親が居なかったせいなのか、エアリスは気丈に みえて、どこかいつも不安そうだった。
ツォンだけは、そう感じていた。
それがどうだろう。
これ程の重圧の中で、この娘(こ)は。
ツォンに絶対の信頼を寄せ。
そして。
ツォンの目線が、金の髪の青年へと移った。
彼の薄青眼はきつく空(くう)を睨み、ぴりぴりとした 緊張が伝わってくる。
(アイツは)
“エアリス”を手放そうとしなかった。
忌み嫌っていた魔物の力を使ってまで、“彼女”を 喪いたくなかった。
そんな風に。
一緒に居たいと。
“彼女”も願っていたのかもしれない。
(・・・複雑だ)
喜んでいいのか怒っていいのか。
安心すべきか用心すべきか。
(このわたしが)
己を分析できないとは。

いつしか苦虫を噛み潰したような表情になったツォンを。
エアリスが小首を傾げて見つめていた。





エアリスは護符の陣の中央に佇んだ。
彼女を取り巻くかのようにびっしりと古代文字で描かれたそれは。
やはりクラウドに遠い過去を思い起こさせる。
エアリスは力の使い方を知りたいと云い。
自分は覚えている限りを彼女に直接伝えた。
それからというもの、彼女は頻繁に外に居たがった。
風や草や陽の光に触れ続けていたいかのように。
確かに『穴』を封じるには、この大気や大地が持つ自然の 力を使わねばならない。
そのくらいはクラウドも知っていた。
しかしこの目の前のエアリスに、『穴』を閉じるほどの 力が使いこなせるのだろうか?
幼くて小さくて心許ない、この少女に。

陣に踏み居る直前、エアリスは大丈夫よ、とクラウドとツォンに 告げた。
ツォンはただ頷き。
クラウドは戸惑って何の言葉もかけることが出来なかった。
それがツォンと自分との差なのだと思うと、クラウドは 情けないような腹立たしいような気がして、唇を噛む。
己の器量不足を見せつけられたかのようだ。
(俺は、大人になった筈なのに)
身体が大きくなっただけでは、彼女を包めない。
(くそ、なんでこんなにもやもやしなきゃならない!?)
わかっている。
時間や成長だけではどうにもならない。
それは経験、だ。
(・・・信じろ、彼女を)
彼女は“エアリス”だ。
きっと『穴』を塞ぐことが出来る。
(信じろ、自分を)
彼女を守る、この腕で。
守り抜け      
ぐっと剣を握り直す。
ツォンがそれを見届けるかのようにして動いた。

エアリスが、両の指を組み。
祈り始める。

さああ、と仄かに陣が光り出した。
風が草が樹が。
その光に呼応するかのように、流れ揺れざわめく。
それら全ての気が動いて『穴』へ向かうのが、 クラウドは感じ取れた。
慣れ親しんだこの感覚に、クラウドの身体は 打ち震えた。

ああ、彼女はやはり      !!

その時。
肌をビリリ、と刺すような痛みが奔る。
クラウドの耳が、遥か遠くの羽翼(はね)のはばたく 音を拾った。
斜め向こうのツォンと、クラウドの鋭い視線が交わる。

「来ます・・・!」
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