広い空間を、その蔓(つる)は伸び放題に伸びて。
あちこちで小さなドームを形成していた。
やや斑色のリーフ、そして萼(がく)から争うように顔を出す 真っ白な小花たち。
高く青い空に、まるで雪が散りばめられたような世界。
それほどに幻想的な場所は、とある出城の中庭だった。

「エアリス、どこだ?」
黒髪の男が、ふいにそのパステルカラーの景色の バランスを崩した。
白と黒の衣服は厳(いか)めしく、きっちりと着こなされている。
「・・・エアリス?」
男は低い声でもう一度呼ぶ。

ざざざ、と草を踏む音が響いた。
衣擦れの音がどこか柔らかくて、それが幼い者だと知れる。
「ツォンさま―――!!」
蔓が形成した小さな緑のトンネルから、赤いリボンと亜麻色の柔らかな 巻き毛が覗く。
「エア・・・」
僅かに安堵を滲ませながら、ツォンは腰を屈めた。
するとその目の前に、ぽん、と桜色のワンピースを来た少女が飛び出した。
「ツォンさまっ!!」
少女は勢いがついたまま、ツォンの首へぶら下がり全体重をかける。
まだ七つほどの少女が屈強な男にそんなことをしても、びくともしないことは しないのだが、さすがに勢いが良すぎてツォンはやや面食らった。
「お、おい・・・エア・・・」
「ツォンさま、ツォンさま、ごめんね、もう、お昼ご飯?」
「・・・そうだよ」

小さく息を吐くと、ツォンは優しく少女の腰を抱き上げた。
「侍女達が探しても見つからない、と泣きついてきてな。
 わたしは一生懸命探していたんだ」
少女・・・エアリスは大きな翠の瞳をくりっとさせて。
それからふくよかな頬をぱあっとピンク色に染めた。
「いっしょけんめ?
 ほんと?ほんと?エアを探してくれたの?」
「・・・ああ」
ツォンはその大きな手のひらで、エアリスの頭を撫でる。
くすぐったそうにエアリスは首を竦めてツォンに小さな頬を寄せた。

探してもらうのは、嬉しい。

エアリスはあからさまにそうは云わないが、態度で示すことがままあった。
(やはり親が居ないせいか―――)
無意識に自分を必要として欲しいのだろう。
“ここ”に、彼女の肉親は居ないのだから。

肩に彼女を乗せ、ツォンは館へ戻り始める。
「また子猫のケット・シーでも追いかけていたのか?」
「ううん、あのね、あのね、エアリス探してたの」
「何を?」
「蒼い、人」
「あおい・・・?」
首を傾げてツォンは真横のエアリスを見上げた。
エアリスはツォンの黒髪をわしわしと掴んで遊びながら頷く。
「うん、ケット・シーと遊んでたらね、庭の奥に居たの。
 蒼い服でね、金色の髪の男の人なの。
 あー・・・でもちょっとぼろっちい感じ?」
ツォンは僅かに眉を顰める。
なんだ?それは。
・・・侵入者か?
「なんだかねその人の周り、うっすら蒼く光ってるの、服の、色なんかじゃ、なくて」
「・・・話したのか?」
エアリスはふるふると首を振った。
「ううん、ちょっと離れててね、エアの方を見てたから、 エアもその人に気づいて、その人を見たの。
 瞳(め)が綺麗な薄い青なの。
 ずっと見てたから、エア近づこうとしたら、消えちゃったの、で、 探してたの!!」
「ち、ちょっと待つんだ」
立て板に流れる水のごとくしゃべり続けるエアリスに、 慌ててツォンは待ったをかけた。
「そんな得体の知れない人間に、迂闊に近寄るんじゃない!
 おまえに害を与えるかも知れんのだぞ?」
「・・・だってここはツォンさまの城の中だよ?」
エアリスはツォンの強さを知っている。
彼の居城で、そんな不逞の輩はまず出現しないと信じていた。
「エアリス、わたしとて万能ではない。
 頼む、軽はずみなことはしないでくれ」
「・・・はい」

さすがに迂闊すぎた、とエアリスは悟った。
今日見かけた『蒼い人』はとても淋しそうに、それでいて 嬉しそうに、佇んでいた。
悪い人間には、到底思えなかったら、はしゃいでしまった。
ツォンからすれば、様子がどうであれ不法な侵入者に違いないのだ。
「警備を厳しくする」
黒い双眸を細めて、ツォンが低く呟く。
城下の人間が迷い込んだ程度なら良いが、万が一ということもある。
エアリスが好んで遊ぶ中庭に出没したとなれば、 大いに問題だ。
「エアリス、しばらくひとりで遊ぶのは禁止だ」
エアリスは目を見開いてツォンを見た。
そんな窮屈なことは真っ平だったが、今まで自分を育ててくれた ツォンの心配ももっともだ。
「はい」
神妙な声でエアリスが頷くと、彼女を慰めるようにツォンはその 小さな背を優しく撫で続けた。



数ヶ月エアリスは肩身の狭い思いをしたが、それきり『蒼い人』どころか 不審者すら現れなかったので、 自然とエアリスは元通り気ままに中庭をケット・シーと 転げ回る日常に戻った。

―――いや、実際『蒼い人』はそれ以降も度々出没していたのだ。
しかしどうやら『彼』は巧みに姿を 眩まして、エアリス以外には気づかれないでいるようだった。
そう、この出城の主であるツォンや、 彼女の傍でじゃれるケット・シーでさえ、『彼』に気づくことはなかったのだ。
・・・ケット・シーはやや太り気味でけして過敏な猫ではないとはいえ。



時折。
風景の一部であるかのように、ゆらりと『蒼い人』はエアリスの 視界に入った。
ただ黙って佇んでいる。
薄汚れたマントに身を包んで。
風にさやぐ金糸の髪は陽に煌めくととても綺麗で。
その淡い瞳は。
懐かしげに、愛しげに、そして哀しげに。
ゆらゆらと揺れて見える。

―――もしかしたらただの自分の妄想なのかもしれない。
エアリス自身にすら現実なのかそうでないのかあやふやになる時がある。
けれど彼女と『彼』の間をすり抜けてゆく風の道や、 葉擦れの音の違和感や、陽光が象る『彼』の影が。
『彼』が現(うつつ)だと、エアリスに教えていた。







「どうして、そこに居るの?」

『彼』は何も応えない。
数メートル離れた茂みの中で。
僅かに目蓋を伏せるだけだ。



「わたしに、何か用?」
小首を傾げて訊ねても。
『彼』は戸惑うように首を微かに振るだけだ。











そうして。
三年ほど過ぎていった。
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