はっ・・・はっ・・・はっ・・・・・・



もうどのくらい走り続けているのか、解らなかった。
それでもまだ気配を感じる。
鉛のような足を止めるわけには、いかなかった。




最初は剣を振るって薙ぎ倒してきたが、湧いて出てくるような『彼ら』に 正直疲れた。
ぬめぬめとした『彼ら』の体液が剣にあちこちこびり付いて、斬れ味も鈍い。
「・・・たいして力もない癖に、うるさいんだよっ!!」
退却を決めて、そして渾身の力を込めて白銀に煌めく剣を振り下ろした。
ざうん、と旋風が眼前の『彼ら』を切り裂いて、一瞬拓けた“道”に 滑り込むように身を躍らせる。
背中に追い縋る『彼ら』の腕を、振り向きもせずに再度剣で切り裂いて、全力で疾走した。
その時はうまく切り抜けたと思ったのだが。




「はっ、はっ、はっ」
駆けても駆けても、晴れない霧の中だった。
進んでも進んでも、『彼ら』はウジ虫のように湧いて出てくる。

「・・・仕方ないな。
 俺は奴らの本拠地を目指しているんだから」
汗でべたべたした顔を乱暴に手の平で擦りながら、クラウドは引きつったように 笑みを浮かべた。



どんよりと、濃厚に漂う霧の海。
かつては路(みち)であった筈の石畳。
瓦礫、瓦礫、瓦礫。
朽ち果てた樹木。
此処は、かつて繁栄した国であることを、現代(いま)の人々は信じるだろうか。



「はっ、はっ、はっ」
息も整わないのに、再び駆け始める。
「はっ、はっ、はっ」
出来れば、二度と踏み入れたくはなかった、壊れてしまった国。
けれど。
此処には。

エアリスが、居る。



「戻る」
塩辛くなった唇をざらりと舐めて、クラウドはぐいっと踵に力を込めた。
ほんの数メートル先の霧が、微かに黒く濁っている。
「俺は―――戻る!」
水平に巨大な剣を構えて、すぐ先の蠢く『彼ら』を見据えた。
「あと少しなんだ。
 お前らがいくら邪魔しようと、俺は・・・」

乾ききった、枯れ枝のような腕が何本も、霧から生えるように顕れた。
『彼ら』は漆黒のマントで全身を包み、僅かに除く目玉のようなものだけが白く光る。
十体、二十体・・・。
巣穴から連なって、餌に群がる蟻のように『彼ら』はクラウドを取り囲み始めた。
霧の湿気を含んで重たくなった彼の金糸の髪が、ぱさりと音を立てて、そして。

「俺は、戻るっ!!」
叫びと共に一閃が奔り、何体かの『彼ら』が腐臭と、濃緑の体液を撒き散らしながら 斬り裂かれた。




―――この頃、変なの

―――変って何が?

―――肌が泡立つくらいの欲望を感じるの

―――何だよ、それお告げ?

―――変なの、・・・不安なの




ヒューヒューと息が切れた。
からからに乾ききった口内が、呼吸するのも痛いと悲鳴をあげた。
「・・・ちく、しょ」
膝頭が震える。
ここで油断して跪きでもしたらたちまち『彼ら』に集(たか)られて、喰われる。

(エアリス)
(エアリス)

「・・・おおおおっ!」
咆吼は、無意識だった。
しゃらり、と首に下げられた小さな水晶玉が揺れた。
(ご主人の元へ還りたいんだろう?)
差し込む光も僅かな霧の海の底で、水晶玉が虹色に煌めく。
(・・・だったら力を貸せ!
 俺が・・・還してやる・・・っ)

しゃらしゃらと細い銀の鎖ごと、水晶はクラウドの胸元で揺れ続けた。
やがてごぼりと身体を何かに呑み込まれる。
水の膜に、取り込まれた事をクラウドは瞬時に理解した。
しゃらしゃら、しゃらしゃら。
指の爪程の大きさの水晶玉は、幾つもの色の光を迸らせて。
分厚い霧の一角を切り裂く。
霧の中でしか動けない『彼ら』は、たじたじと後退り、やがて姿を消した。
「・・・・・・」
ぼんやりした視界の中で、クラウドはふっと肩の力を抜いた。

たたたたた・・・

何かの気配が近づいてくる。
だが『彼ら』ではない。
クラウドはそれだけを確認すると、その場に崩れ落ちた。
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