はっ・・・はっ・・・はっ・・・・・・



もうどのくらい走り続けているのか、解らなかった。
それでもまだ気配を感じる。
鉛のような足を止めるわけには、いかなかった。


□


最初は剣を振るって薙ぎ倒してきたが、湧いて出てくるような『彼ら』に 正直疲れた。
ぬめぬめとした『彼ら』の体液が剣にあちこちこびり付いて、斬れ味も鈍い。
「・・・たいして力もない癖に、うるさいんだよっ!!」
退却を決めて、そして渾身の力を込めて白銀に煌めく剣を振り下ろした。
ざうん、と旋風が眼前の『彼ら』を切り裂いて、一瞬拓けた“道”に 滑り込むように身を躍らせる。
背中に追い縋る『彼ら』の腕を、振り向きもせずに再度剣で切り裂いて、全力で疾走した。
その時はうまく切り抜けたと思ったのだが。


□


「はっ、はっ、はっ」
駆けても駆けても、晴れない霧の中だった。
進んでも進んでも、『彼ら』はウジ虫のように湧いて出てくる。

「・・・仕方ないな。
 俺は奴らの本拠地を目指しているんだから」
汗でべたべたした顔を乱暴に手の平で擦りながら、クラウドは引きつったように 笑みを浮かべた。



どんよりと、濃厚に漂う霧の海。
かつては路(みち)であった筈の石畳。
瓦礫、瓦礫、瓦礫。
朽ち果てた樹木。
此処は、かつて繁栄した国であることを、現代(いま)の人々は信じるだろうか。



「はっ、はっ、はっ」
息も整わないのに、再び駆け始める。
「はっ、はっ、はっ」
出来れば、二度と踏み入れたくはなかった、壊れてしまった国。
けれど。
此処には。

エアリスが、居る。



「戻る」
塩辛くなった唇をざらりと舐めて、クラウドはぐいっと踵に力を込めた。
ほんの数メートル先の霧が、微かに黒く濁っている。
「俺は―――戻る!」
水平に巨大な剣を構えて、すぐ先の蠢く『彼ら』を見据えた。
「あと少しなんだ。
 お前らがいくら邪魔しようと、俺は・・・」

乾ききった、枯れ枝のような腕が何本も、霧から生えるように顕れた。
『彼ら』は漆黒のマントで全身を包み、僅かに除く目玉のようなものだけが白く光る。
十体、二十体・・・。
巣穴から連なって、餌に群がる蟻のように『彼ら』はクラウドを取り囲み始めた。
霧の湿気を含んで重たくなった彼の金糸の髪が、ぱさりと音を立てて、そして。

「俺は、戻るっ!!」
叫びと共に一閃が奔り、何体かの『彼ら』が腐臭と、濃緑の体液を撒き散らしながら 斬り裂かれた。


□


―――この頃、変なの

―――変って何が?

―――肌が泡立つくらいの欲望を感じるの

―――何だよ、それお告げ?

―――変なの、・・・不安なの


□


ヒューヒューと息が切れた。
からからに乾ききった口内が、呼吸するのも痛いと悲鳴をあげた。
「・・・ちく、しょ」
膝頭が震える。
ここで油断して跪きでもしたらたちまち『彼ら』に集(たか)られて、喰われる。

(エアリス)
(エアリス)

「・・・おおおおっ!」
咆吼は、無意識だった。
しゃらり、と首に下げられた小さな水晶玉が揺れた。
(ご主人の元へ還りたいんだろう?)
差し込む光も僅かな霧の海の底で、水晶玉が虹色に煌めく。
(・・・だったら力を貸せ!
 俺が・・・還してやる・・・っ)

しゃらしゃらと細い銀の鎖ごと、水晶はクラウドの胸元で揺れ続けた。
やがてごぼりと身体を何かに呑み込まれる。
水の膜に、取り込まれた事をクラウドは瞬時に理解した。
しゃらしゃら、しゃらしゃら。
指の爪程の大きさの水晶玉は、幾つもの色の光を迸らせて。
分厚い霧の一角を切り裂く。
霧の中でしか動けない『彼ら』は、たじたじと後退り、やがて姿を消した。
「・・・・・・」
ぼんやりした視界の中で、クラウドはふっと肩の力を抜いた。

たたたたた・・・

何かの気配が近づいてくる。
だが『彼ら』ではない。
クラウドはそれだけを確認すると、その場に崩れ落ちた。
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