「ヴィン、シドー!!
 やっぱ人だよ。
 それも若い男!!」

ぶんぶんと腕を振り回しながら、黒髪の少女が叫んだ。
『若い男』ならここにもいるじゃねぇか、と愚痴りながら、シドは少女が見つけた 青年のところまで歩き寄る。
「ねえねえ、生きてるのかなあ」
「うーむ・・・」
軽く膝を折り曲げ、シドは青年の頸動脈を測る。
やがて、唇をやや下に吊り下げて困ったように腕を組んだ。
「わからん」
「えー!?」
「感覚が、おかしいんだよ。
 こうして指先で触れても、何故か把握できねえ。
 ユフィ、お前だってこんな霧で迷うようなお嬢ちゃんじゃねえのに、さっぱり元の路が解らないだろが?」
ユフィが、眉間に皺を寄せながら、渋々頷いた。

確かに、おかしいのだ。
此処は。

自分たちは、普通の路を旅していた。
他の多くの商人や旅人達も往来していた。
何の前触れもなく、濃霧が立ち込めたかと思うと。
―――いきなり見も知らない場所に突っ立っていたのだ。

「草も木も、殆ど枯れてる。
 とにかく路態(みちなり)に進んではみたが、人っ子一人すれ違いもしない。
 辺りを見渡しても」
ぺ、と唾を吐き出し、シドはじゃりじゃりとそれを地面になすり付ける。
「・・・この“いつまでも”晴れない霧のおかげで、何も見えやしねえっ!!」

「で、でもさっ!」
ユフィは持ち前の明るさで、にっこり笑いながら、
「ほら、この人っ!
 霧に迷ってから、初めて出くわした人間じゃん!
 きっと何か知ってるよ〜っ」
辺りにびんびんと響く声で、言い放った。
「・・・生きてんのか?」
「うっ、それは・・・」
言葉に詰まったユフィが、倒れたままの、金髪の青年の頬をぺしぺしと叩(はた)く。
「お〜い、お〜い。
 生きてんの〜〜?」
冗談半分で、青年の耳元で叫ぶとびくっ、と頬が痙攣した。
そして次に、億劫そうに薄青の瞳をゆっくりと開く。
「きゃあー!!生きてたー!!」
「おい、ユフィ・・・ちょっと手荒いぞ・・・」
「・・・るせぇ!」
「「へ!?」」

漸く気付いて、放った最初の言葉が「ウルサイ」とは、 大したヤツだと、シドとユフィは呆れたように青年を見遣る。
意識がはっきりしないのか、額を何度か軽く叩いて、青年は不機嫌そうに彼らに 視線を向けた。
「そこの女!
 声がデカすぎる。
 『奴ら』に見つかるぞ・・・っ」
「「奴ら?」」

その時、彼らからやや離れて周りを見張っていた、紅マントの男が走り寄った。
「急いでここから離れるぞ」
「な、なによ、ヴィン?」
「団体でいかにも怪しげな奴らが、こっちへ向かっている」

シドは瞬時に判断し、青年の腕を持ち上げ、彼を立ち上がらせた。
「ヤバイ連中のようだな、逃げるぞ!
 ・・・動けるか?・・・おっと名前は何だ?」
「クラウドだ。
 簡単だが、礼は言う。
 ・・・ついてこい」

四人は素早く前後二人ずつの隊列を取り、駆け出す。
走りながら、クラウドの背の巨大な剣にこびり付いた汚れに、ユフィは何故か不安になった。
(こいつ、何なの?
 此処は、何なの?)
横隣のヴィンがすい、と銃を構える。
「物質的遮断は、『奴ら』に効くか?」
背後を走る、長髪長身の男に振り向き、クラウドはにやりと笑い返した。
ざあっとマントを翻して、ヴィンは片腕を斜め後ろへ移動させる。

ガウン

耳をつんざく銃声と共に、巨大な枯れ木の根本が、ばしんと弾けた。
大木が、悲鳴を上げながら地響きと共に路を塞ぎ、倒れる。
粉々に散った大小の破片が、追っ手の速度を怯ませた。
「そこだ!
 そこから下へ降りろっ!!」
クラウドの指示で、三人は欄干から身を躍らせた。
彼らがちょうど走っていた場所は、かつて、大層な橋だったらしい。

既に水の枯れ果てた川底に、身を伏せ、頭上の様子を窺う。
ざわり、ざわりと蠢く気配に、ユフィが身を震わせた。
(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪いっ)
横目でシドを見れば、やはり火の点いていない煙草を所在なげに 銜えながら、苦みを含んだような顔をしている。
(・・・やっぱね、シドも感じてるんだー)
銃を構えたまま、ヴィンは身動きもしない。
(こいつは、無表情だからなあ)
気持ち悪さを紛らす為に、周りの人物を観察していたユフィの視線が、 クラウドの表情に驚いて、縫い止められた。
(な、なによ・・・こいつ)

彼は、じっと一点を凝視していた。
それは、此処ではない、遠い処を見つめているようだった。
疲労の濃いその顔に、不釣り合いな瞳の輝き。
何者にも侵されない、固い固い、意志の・・・輝き。
けれどユフィには、それがあまりに堅牢すぎて、却って心許なく。
―――彼が現在(いま)見据えているものの、正体を知りたいと思った。
その澄んだ青い瞳が、向かう先を。




「・・・去ったようだな」
漸く、ヴィンが銃を下ろす。
シドがふう、と息を吐いた。
懐からライターを取り出して、いそいそと煙草に火を点ける。
ぷかり、と煙を浮かばせて。
シドは顎の無精髭を撫でながら。
口を開いた。

「さあて、話をお聞かせ願おうか。
 クラウドさんとやら」
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