「ここが神殿なのか?拍子抜けだな」
クラウドの背中越しに覗く広間は、外壁の煌びやかな装飾とは打って変わって。
円形のだだっ広い空間に数本の柱が建っている、それだけだった。
呆れたようにシドがぼやきながら。
のそりと歩み寄り、振り向かないクラウドの肩をぽん、と軽く叩く。
「さあ、行こうか?」
そう声を掛けられて、やっとクラウドはシドを仰ぎ見た。

「・・・軽蔑しないのか」
「何をだよ」
「女の為に、死人(しびと)たちの夢を壊そうとする俺を、さ」

―――そう言いながら笑おうとして、クラウドは失敗した。
片頬の筋肉がぴくりと痙攣しただけだった。

たくさんの、おそらくこの国に生きた殆どの人間が。
彼を詰り、彼に哀願し、彼へ乞い続けてきたのだ。
『彼ら』にとっての至上の夢を・・・壊さないでくれ、と。
クラウドの同胞であった、肉親であった、『彼ら』が。

シドには想像できなかった。
したくはなかった。
クラウドが今も苛まれ続けているであろう、その葛藤を。

「・・・わかっちゃねえなあ」
「?」
「俺たちゃ、お前の力になりてぇ。
 この霧から抜け出す為じゃなくてよ、
 俺たちの心の奥底から―――そう思う。
 俺たちは、お前を助けてえよ」

ふ、とクラウドの全身から一瞬緊張感が消えた。
彼はまじまじとシドを見て、薄青の瞳を微かに揺らめかす。
「あんたたちは・・・」
「あーっ!!あれ!!あれ!!!」
何か言いかけたクラウドの声を、押し退けて。
ユフィが大声を張り上げる。
「また扉があるよっ!!」

広間の奥の、暗がりに。
巨大な大理石の扉がそそり立っていた。
「おっきい・・・正門よりもおっきく見える・・・なんで?」
あんぐりと口を広げて扉を見上げるユフィに、くくっとクラウドが 喉を鳴らす。
すでに彼は、ユフィ達が出くわした、生意気で不遜な青年に戻っていた。
「そりゃ、単なるイメージだからさ」
「え?ええ?」
「忘れたのか?この国には『廃墟』しか残ってない。
 この神殿も本当は崩れてるのに、こうして立派に存在しているように見えるのは、死人(しびと)たちの創り上げたイメージが強すぎて俺たちに影響してるからさ。
 ただし、殆どの人々は神殿の外壁しか知らなかったから、内装が殆ど皆無に近いがな」
「・・・そ、そうなの?」
頭の上に疑問符を飛ばしながらユフィが相槌を打つ。
「ではあの扉がこれほど巨大に目に映るのは、大切な『神子』を封じているからか」
ヴィンがマントをゆらりと動かしながら訊いた。
クラウドが剣を握り直し、ぶん、と一度空を斬ってみせる。

「ああ、そうだな。
 そして俺の中でもあの扉は・・・最大の障害だ」



ざわざわ、ざわざわ

突然びくりとユフィの身体が跳ね上がった。
遠ざかっていた先程の気持ち悪い蒸気のような熱を。
ユフィは再び肌で感じたのだ。
「いやー、なにこれ!?
 どんどん強くなる!?」

ざわざわ、ざわり

「気色わりいな、まじで。
 なんか出るのか!?」
「うむ・・・出るな」
シドもヴィンも感じている。

ざわり、ざわり

扉へ目を凝らしていたクラウドが、ひゅ、と小さく息を呑んだ。
闇に目が利くヴィンも三人の中で真っ先に『それ』に気付く。
クラウドの表情が、驚愕から次第に厳しいものへとみるみる変わってゆき。
それまでにない緊張感が全身からみなぎり始めた。

扉の前で、霧を掻き分けるようにゆらゆらと影が集まっている。
柔らかな泥が、やがて形を整え凝固するように。

肌に纏わるような気持ち悪さをこすり落とすように、 てのひらを上腕部に滑らせていたユフィが、やっと『それ』に気付いた時。
『それ』は得体の知れない影から、はっきりとした人型を形成し終わっていた。

「ね、ねね、だ、誰か扉の前に居ない?」
「あー・・・俺にもそう見えるなあ」
ユフィもシドも心底厭そうな顔をした。
クラウドから彼らに伝わる“気”が、ぴりぴりと刺すようで、 これまでにないほど戦闘的なのが解ったからだ。

ヴィンが僅かに眉を寄せた。
非人間的とよく揶揄される彼の勘が告げる。
強敵、だと。

かつん、かつん

靴音を響かせて。
影から人に変化(へんげ)したそれが、暗がりから姿を現す。

青銀の長い髪。
切れ長の、瞳。
整ってはいるが、氷のような冷たさを併せ持つ顔立ち。
白い神官服の下からでも精悍な身体付きが見て取れる。
そして腰に吊された、細身の長刀。

「セフィロス・・・神官長」
クラウドの低い問いかけに、それは薄い唇の端を大きく吊り上げて、 嘲(わら)った。

「本当に愛しい民たちだよ、クラウド。
 お前を阻止する為に、わたしを使うとは、な」

クラウドは小さく緩やかに首を横に振った。
しかしその双眸には蒼白い炎が立ち上り、その背には研ぎ澄まされた闘気が たぎる。
「あなたは・・・いや、あんたは本当に上手でしたよ。
 取り入り、騙し、操るのがね」
「心外だな。
 王も望み、民も望んだのだよ。
 より多くの富とより多くの安泰とより多くの・・・己の欲望を、な」
「―――そういう風に思わせて、そして他人を動かし。
 あんたは最後は全て自分の物にしたかったんだろう?」

激昂はないものの、あまりに感情を抑えたその声音は。
返ってクラウドの怒りの深さ、大きさを推し量らせる。

(いい男だよなー)
ユフィはそんな感想を持ちながらも、がくがくと震える膝を止めることは 出来なかった。
(ほんとかっこいいんだけど・・・なんか禍々しいんだよね)
女を怖がらせる男は最低だ、とユフィは心の中で愚痴る。
ふと横を見れば、シドがもの凄い渋面でクラウドたちの会話を聞いていた。
「シドー、どうしよう?」
「あー・・・、俺もそれを考えてるところだよ・・・」

セフィロスとやらという人物と、クラウドの間に。
到底割ってはいる勇気はない。
それ程の緊迫した空間が、彼らの間に横たわっていた。

やがて。
すっと巨大な剣の切っ先が動き。
クラウドが青眼に剣を構える。
セフィロスが薄ら笑いながら、それに呼応するように細長い鞘から刀を引き抜いた。

細い細い糸がまるでクラウドとセフィロスの間できりきりと引っ張られて。
今にも切れそうで、切れない。
・・・息を詰めてその糸が切れる瞬間を待つことは、傍観しているシドたちに 極度の緊張を強いた。
(キツイな、こりゃあ)
シドが脂汗を受けべてそう考えた時。
セフィロスの良く通る声が響いた。

「生命(いのち)在る時には、中途で潰えたが。
 死にながら微睡む夢は、せめて終わらせまいよ」
「あんたの“正義”には反吐が出る」
「・・・青二才が」



ギャッと光が閃いて。

セフィロスがクラウドの眼前に躍り出た。
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