唐突に、階段は終わった。

切り立った崖のような、狭い間を抜けて。
眼前に広がる、白い建造物。

「き、れい・・・・・・」
それまでうんざりするほどの濃い霧や、崩れた建物や、足場の悪い瓦礫ばかりを 見てきたユフィは思わずそう呟いた。
おそらくこの国で、最も標高の高い場所にあり。
この国で最も権威を持ち。
全ての元凶でもある、建造物だ。

「水奏宮だ・・・懐かしいな」
クラウドが笑った。
言葉とは裏腹に、長年の仇にやっと出会ったような。
獰猛さを窺わせる微笑だった。
「こいつは、すげえ」
シドですら、その精巧かつ壮麗な仕様に舌を巻く。
見事な円形の、広大な平地。
その中心に、細かなレリーフと複雑な間取りに彩られた、六角柱の巨大な神殿。
クラウド達と向き合うように、白い扉が固く閉ざされたままそびえ立つ。
ゆっくりとクラウドが剣を下ろして、その扉に手を掛けようとした。

がくん

いきなりクラウドの膝が折れ、思わず彼は左手で身体を支える。
「ちっ・・・」
舌打ちするクラウドの顔色が悪い。
「な、何?」
ユフィが慌てて駆け寄るが、クラウドはゆらりとひとりで立ち上がった。
「―――心配ない、引っ張られただけだ」
「へ?」
「・・・感じないか?」
クラウドは顎で指し示したのは、たった今彼らが走り登ってきた石段。
ユフィが目を凝らして見つめていると、「うわ!」と裏返った声で シドが一歩後退る。
「どうしたのよ、シド?」
「き、き、聞こえねえのか!?」
「聞く・・・?」
ヴィンが黙ってユフィの腕を取り、石段のすぐ側まで導いた。
「・・・あ」
周りを取り巻く、白い霧とは別個の。
むあ、とした蒸気のようなものがユフィのむき出しの右上腕部を撫でた。
―――そんな気がした。
彼女はこわごわと遥か下へ続く石段の先を見据える。
その時。



ゆくな・・・

ゆくな ゆくな ゆくな




鼓膜を無遠慮に震わせる、声、声、声。
「う・・・っそ」



クラウド、やめろ
やめろ やめろ やめろ やめろ やめろ

頼む

やめて、くれ――――――――――




「下に取り残された『奴ら』が、懇願している」
ヴィンは極めて抑揚のない科白を、ユフィの背後で紡いだ。
・・・姿は見えない。
だがユフィ達が確実にその耳で聞き、その肌で感じ取れるほどの、ざわめく声たち。
ましてや彼らに近しいせいか、クラウドは自身の行動にすら影響を 受けているようだ。



お前が何もしなければ
我々はこの地に留まり

お前がそれ以上先へ進まねば
我々はいつまでもこうして夢を見続けてゆく



我らの望むことはひとつ



昔の記憶に、永久にたゆたい
この地に、永久にとどまること・・・・・・




「ふざけるなっ!!」

ざぐ、と巨剣を地面に突き刺し。
クラウドはあらん限りの声を張り上げた。
薄青の双眸が、ぎらぎらと異様な光を放ち。
細かく震える唇は、彼の怒りが沸点を超えたことを示していた。

「お前たちは何もしなかった!
 何もしようとしなかった!!
 女神が封印され、美しかった街が滅び、人々が死に絶え。
 全て、全て―――自分たちのせいじゃないかっ!!」
クラウドは大きく顔を歪めながら、苦しげに言葉を吐き続ける。
「そしてその全てを認めたくなくて、この地に執着して、その醜い姿で昔の栄華を夢見続けている。
 ・・・彼女をその為だけに拘束し続けるお前達に」
ぎりぎりと両の拳をきつく握る。
黒マントの『彼ら』がもし少しでも彼の視界に入ったならば。
彼のその眼光だけで瞬時に焼失するかも、知れない。

「・・・俺が俺の為に、エアリスを奪い返すことに何の遠慮が要るんだ!?
 たとえお前たちの至上の夢が途切れようと、俺は、俺は!!」

目にも止まらぬ速さで、クラウドは剣を抜き。
ごぉ、と横一線に閃かせた。
ががが、と鈍い音共に。
扉がその中心に大きな亀裂を奔らせる。
そしてその亀裂からぼろぼろと扉が崩れ落ち。
神殿の大広間が眼前に姿を現した。



やめろ、やめろ、クラウドやめてくれ

ゆくな ゆくな ゆくな、クラウドゆかないでくれ



我々はこうしていたい

閉ざさないでくれ、奪わないでくれ、
終わりにしないでくれ―――!!!




「エアリス!!」
縋る『彼ら』の声を振り切るように、叫ぶ。
「エアリス、エアリス・・・!!」
それでもこのままの状態で、幸せだという『彼ら』の願いを断ち切る。
クラウドを動かすものは、唯ひとつ・・・・・・『エアリス』。




「・・・つまらない顔してる」
ひょいとクラウドの顔を覗き込んで、エアリスは小さく頬を膨らませた。
「うるさいな」
「クラウドのお仕事がやっと終わったのに」

夕陽をきらきら跳ね返しながら。
二本の噴水が、ぱあっと伸びた。
その傍に座り込んだまま、クラウドはちらりとエアリスを見上げた。
困ったように笑って、彼女は小首を傾げ。
聞いちゃった、と囁く。
「・・・・・・」
今度はクラウドが困ったように眉根を寄せて、俯いた。
ひら、とローブの裾を翻して。
エアリスは彼の隣りに腰掛ける。

「・・・知ってたのか」
「ま、ね」
「ったく恥ずかしくてやってらんねえよ。
 先走って命令無視した挙げ句、味方に損害を与えた・・・」
「でもみんな生き残ったよ」
「何人かは怪我を負った。
 ―――ちくしょー!!どんな顔すりゃいいんだよ!?」
「・・・うん、そ、だね」
「俺、自分がこんなにバカとは思わなかった!」
「うん、そ、だね」
「・・・あんた、さあ」
「うん?」
「もっと何か言ってくれないわけ?」
「・・・うん」

エアリスは不意にクラウドの頬を、そのたおやかなてのひらで包む。
そうして優しく微笑うと、するりとクラウドの首に両腕を回し。
ふわりと甘やかな香りが。
クラウドの鼻腔を埋めた。

抱きつかれた、でもなく。
抱かれた、感じでもなかった。

ただ、包まれた。

クラウドの、何もかもを。
彼女は包んでくれている。



クラウドが、ぎこちなく彼女の背に腕を伸ばす。
指先に触れたローブ越しに、彼女の体温(ねつ)が触れる。

縋るような激しさはなかったけれど。
溶けてどこまでも浸透するような、深さがあった。



――――――彼女が。



唯一、だった。
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