「・・・そんな顔するなよ」
ユフィのその様を見て。
クラウドは微かに苦笑して、気にするなと言いたげに右手を軽く左右に振った。
「そこの野郎どもは気付いてたみたいだぜ?
 見ろよ、ここはまるで廃墟だろ?」
「・・・何よぉ・・・」
ぷくっと頬を膨らませて、ユフィはシドとヴィンをほんの少し涙目で睨め付けた。
そして勢いよくクラウドの方へ再び振り返る。

「どうしてそんなに強がってんのよ!?
 あんたの国でしょう?
 知り合いや肉親だっていたんでしょ?
 みんなはどうなっちゃったの?
 ねえったら!!」
疑問符を幾つもつけて捲し立てるユフィに、クラウドはうんざりしたように 一度目蓋を伏せて、やはり自嘲(わら)った。
「―――あんた達はとっくに会ってる」
「へ?」
「この国の、人間だった『もの』に」

「ち、ちょっと待て!!」
まだ火の残る煙草を、シドはぶっと吐き出した。
「そいつぁ、まさか・・・」
くしゃりと顔を歪め。
さも嫌そうに。
半ば両目を手で塞ぎながら。



「クラウド、そりゃあの黒マントの不気味な連中のことか・・・?」

ひゃう、と声にならない声をユフィはあげた。



「そう、『奴ら』さ」




ティファと『月弓のしずく』の行方は皆目解らなかった。
ただ、国外に在るという可能性が高かったので、クラウドは その探索へ向かおうとしていた。

「・・・実はな」
出立の直前、バレットが気難しそうな顔をして話し掛けてきた。
「妙な噂を聞いた」
「噂?」
「この国の大地が、女神に祝福されてるのは知ってるな?」
「ああ」
バレットは怒ったような泣いているような、変な顔で話し続ける。
「その祝福の力をな、どうやら兵器に変換させているらしい」
「な・・・に!?」
「初めは女神自身の力を利用しようとした兵器だったらしいんだが、宝玉が失われたせいで そこまでうまく力を引き出せなかったようだ。
 それで今度は長い年月の間に蓄えられた、この大地に宿る女神の力の残存を利用しようとしてるんだとよ。
 ・・・女神が“この地に居れば”力は存在するからな」

この国は、元々資源が豊かな国ではなかった。
守護神リーリィーンの恵みによって繁栄した土地だった。
その恵みを、兵器に変える。
なんて愚かな、とクラウドは大きく舌打ちした。
「畜生・・・!!
 どこまで勝手をやってくれるんだ、あいつらは!!」
「クラウド」
怒りで蒼白になっている彼の両肩に、バレットはそっとその無骨な手を置いた。
「クラウド、悔しいが今の俺たちは宝玉に頼るしかねえ。
 何が何でも見つけだしてこい。
 それまでは帰ってくんなよ!」
「・・・ああ」

タイムリミットまで残された時間は僅かだった。
この広い世界から、小さな小さな宝石(いし)を見つけだす・・・その困難さは バレットにもクラウドにも解っていた。
大切な女性(ひと)を捕らえられているという焦燥感も、日に日に増して。
制御できないのではないかとクラウドは何度も自分自身にひやりとした。
それでも。

彼らは、ほんの一握りの力を合わせ。
己の為すべき事を、成さねばならない。
―――それが残された、希望、だった。




ヴィンはかいつまんだクラウドの話の途中で短く黙祷し、 シドは自分たちが立っているこの廃墟の理由に、 吐き気がするほどの厭な気分に襲われた。

(おそらく、その『兵器』が原因で滅んだな・・・)

ちらりと視線をクラウドへ向けても、微塵も動かない彼の青い瞳が。
シドの導いた答が、正しいと肯定した。

「―――ただ一瞬の閃光と、地響き。
 それで、この国は滅んだ。
 他国を攻撃しようと開発中だった兵器が、暴走したんだよ」

ふ、と短く息を吐き。
クラウドはその巨大な剣を持ち直す。
ヴィンがそれに呼応するかのようにホルスターから銃を抜いた。
「おいでなすった・・・!」
シドが、ぺっと唾を吐く。

ざわり、ざわりと辺りの霧がさざめくかのようだった。
やがてねっとりとした乳白色の壁の向こうに、幾つもの黒い影が現れてくる。
「・・・俺にちゃんとついてこいよ!」
「へっ、すっかりリーダーな感じだよなあ」
駆け出したクラウドにシドとユフィが直ぐさま続く。
ヴィンがやはり殿(しんがり)を引き受ける。

「あの人達、も、人間じゃないの?」
息を弾ませながら、ユフィがシドに訊ねた。
シドは大きく右眉だけを釣り上げる。
「死人、だろうよ。
 俺たちの世界で言うゾンビかな、ありゃ」
「じゃあ、じゃあ、バレットとかいう人は?
 エアリスは?」
「おい!そんなこたぁアイツに訊けよ!!」
シドの応(いら)えには、かなりの苛立ちが含まれていた。
だんだんと事情が呑み込めるにつれて、砂を噛み胃袋に溜め込むようなその、感覚。
(・・・俺たちはとてつもなく、『重い』ヤツに関わったのかも知れねえ)

ガウン!!

ヴィンの放った弾が、最も近くに在った『奴ら』を吹き飛ばす。
べしゃりと飛んできた、濃い緑色の粘着性の体液を。
ユフィが情け無い声を上げて避けた。

「遠慮することはないぞ」
今度は前方に現れた影達に、クラウドが剣を振りかぶる。
「人格も、記憶も、ましてや肉体も」
ざう、と巨大な剣が閃いたかと思うと。
数体の影の胴体が、真っ二つに離れた。
「・・・以前の『ひと』であった時とは別物だ」
べしゃべしゃと降りそそぐ濃緑の体液を、構うことなく。
次の塊に向けて、クラウドは剣を薙ぐ。

「この地に」
斬る。
「祖国であったものに」
散る。
「縛り付けられているだけの」
ばらばらと。
「胸糞悪い『夢』だ!!」



―――降りそそぐ。



ユフィが懐から細身のナイフを数本取り出し、斜め後ろへ放った。
ヴィンが崩れかけた支柱を破壊して、追っ手を怯ませる。
シドはクラウドと共に長槍を振り回して突き進んだ。

「もうすぐ水奏宮の敷地内だ」
「だったらどうだってんだよ!?」
「『奴ら』は追ってこれない」
「どーしてよ!?」
「全ての源だからな、知ることが恐いんだろう」

いつの間にか左右は高い壁に狭く囲まれていた。
ただ細く長く伸びてゆく、階段。
やはり廃墟となったそれは気を抜けば足を取られ。
がらがらと崩れる。

追ってくる影も、いつの間にかずるずると脱落して。
やがて四人の、息せき切る呼吸と。
鈍く響き渡る足音と。
粘つく深い霧だけになった。
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