「う、わ・・・!」

ざらざらと全てが崩れ終わり。
視界が開けた途端、ユフィは感嘆の声を上げた。
自分たちが居たはずの、外見は壮麗で内側はだだっ広いだけだった神殿は、綺麗に 消え失せ。
眼前に、限りなく透明な水を湛えた湖が出現していた。
クラウドやユフィ達の頭上では相変わらずきらきらと宝玉が煌めいている。

シドが自分たちの周りをぐるりと見渡して、大きく息を吐いた。
「こりゃ、どうなってるんだ?」
かなりの石段を駆け上って来たことから、 この場所は山の中腹程度の高さにあるはずだった。
円錐の先端を綺麗にすっぱり切ったような、広大な土地。
その大部分を占めているだろう、湖。
湖からは数十本の硝子のような細い柱がそびえ立っている。
柱の長さはまちまちではあったが、その並びは美しい曲線を描いていた。
「人工物・・・だ。
 これだけのものを造ることが出来る技術を、この国は自ら手放しやがったのか・・・!」
シドは物を造り出すことが好きだ。
いろいろな部品を集めては、変わった物体をこしらえて周りから呆れられる。
シドはそれが人間の、賛美すべき性質だと信じている。
・・・この国のように、間違わなければ。

「これが、『水奏宮』の真の姿だ」
クラウドがゆっくりと歩を進め、水際で立ち止まった。
「え?さっきまでの神殿がそうじゃなかったの?」
ユフィが慌ててクラウドに駆け寄り、まじまじと辺りの景色を見渡した。
「神殿は、『此処』への関所にすぎない。
 清らかな水とクリスタルの円柱に護られた『此処』こそが」
クラウドは僅かに目を細め、天空を見上げる。
神殿を警備していた彼でさえ、『此処』まで来たことはなかった。
国が滅び、生者が死者として蠢き、厚く重い霧に覆われ続けて。
それでも、なお。
『此処』はなんと清冽で美しいのか――――――



「『此処』こそが、女神リーリィーンの御座(おわ)す聖地、だ」

クラウドは息を吸い込み、目蓋を閉じた。
聞こえる。
水が、光を反射する音。
光が、水面(みなも)で煌めき弾ける音。
聞こえる。
きこえる。
・・・君の、呼吸が。



「あ!」
ユフィが慌てて上空を指差した。
輝き続ける『月弓のしずく』が、すい、と何かに引かれるように動いた。
そうして最も長く細く伸びたクリスタルの円柱の、ちょうど真上で静止する。
「―――還るんだ」
クラウドが淡い瞳をユフィへ向けた。
「女神の心臓の『核』が、還る」



パン!!!

まるで空に亀裂が入ったのかと思わせるような破裂音が、いきなりユフィ達の 鼓膜を刺激した。
内耳がきりきりと痛むような気がして、ユフィとシドは己の耳を反射的に塞ぐ。
そして。
湖の水面がぐらぐらと波立ち。
ざあああ!と渦を巻いた。
宝玉がまるで踊り狂うように、飛び跳ね始める。
渦はどんどん速さを増し、拡がってゆく。
ばしゃばしゃと大きな雨粒のように、水があちこちに降りそそいだ。
頭や肩が濡れそぼってゆく中、ユフィは初めての感覚に戸惑う。
(これは、なに?)
冷たくも、温かくもない、水滴。
気持ち悪い霧に晒されてベタついていた自分の皮膚が、 さらさらと浄化されてゆく。
(なんて気持ちのいい・・・!)
肌に染み、筋肉に染み、骨に染み。
血管を駆け上って内臓にまで浸みてゆく。
身体中の全てを、心地よく支配する。
(これが・・・女神の、力?)

水飛沫の中、ぼんやりと立ち尽くすユフィの頭をいきなりシドがはたいた。
「あいたっ!何すんのよ!?」
「ぼけっとしてんな!
 宝玉(いし)が吸い込まれたぞっ!!」
「―――え?」

湖の渦の中心が、ぼんやりと発光していた。
やがて水の膜で覆われたような球体がゆっくりと姿を見せ始める。
「・・・っ!」
声にならない叫びを発して、クラウドがざばざばと湖へ足を踏み入れた。
「人が、居る」
ヴィンが呟く。
光の乱反射で見えにくいのに、よくも球体の中が判別できるものだとユフィが 呆れた。
クラウドは時折水の流れに足を取られながらも球体へ向かって進んでいく。
球体が全容を現した時。
渦はぴたりと流れを止め。
雨のように降りそそいだ飛沫も止んだ。
・・・唐突な静寂(しじま)にシドが一瞬怯んだほど、あたりは無音になる。
球体を取り巻く光が、内部に取り込まれるようにして収束して。
誰の目にも、球体の中に細くたおやかな肢体が確認できた。
まだぼんやりとしたその影が。
ゆっくりと動く。

白く細い腕が、すいと空へ向かって伸ばされた。







どれほど切望したか。

クラウドは眼前の光景に、動けずに魅入るばかりだった。
宝玉が渦へ飛び込んだ時。
まるで背を押されたように身体が動いた。
汀とはいえ、かなり流れの速い水を掻き分けるようにして進む。
足首やふくらはぎを包み込む聖地の水は、まるで彼を労るように肌を撫でていった。
・・・渦から現れた球体の、その輝きは。
神殿の炎の中で最後に見た、エアリスの時と同じ輝きだ。
(エアリス)
確信があった。
(エアリス)
辿り着いた、やっと。
「・・・エアリス」
震える唇から漏れた、掠れた呼び声に。
まるで反応したかのように、水が渦巻くことをぴたりと止めた。
そして静まりかえった水面に、ぽつりと浮かぶ水球。
―――その球体のなかで淡く揺らめく影が、小さく動いた。



それだけで。
彼女だと解る。

気配の流れが、仕草の流れが。
・・・彼女だと、クラウドに告げる。



もう遠い昔に。
幾度も幾度もクラウドへ差し伸べられた、懐かしく美しい指先が。

天へ向けて翻った―――――――――











球体が割れた音は。
何かが壊れた音のようだった。
軋むような、割れるような、それでいて耳障りのよい音。

それは。

終わりであり、始まりの・・・徴(しるし)。
[Next] [FF7 Index]