くるくると回りながら。
小さな小さな、宝石は輝く。

厚ぼったい霧を押し退け。

くるり くるり



白くのっぺりした、巨大な大理石の扉は。
突き刺さったクラウドの剣を唯一の装飾としてそびえ立っていた。

「・・・・・・エアリス」
右のてのひらを扉にぴたりと押し当てて、囁く。
広い広いクリーム色の神殿の奥で。
『月弓のしずく』の優しい煌めきが注ぐ場所で。
「来たよ・・・ここまで」
こん、と額を当て。
目蓋を閉じて。
結界である霧がざわざわと、宝玉(いし)の光を怖れおののく気配を感じながら。
「―――出来る。
 もうこの扉は俺にとって何の効力も持たない。
 全身全霊を込めて―――終わらせる。
 俺は、この扉を消すことが『出来る』」

ぴたりと密着したてのひらから、ゆっくり、そして少しずつ、温かな熱が 伝わってきた。

「わが守護神、水の乙女リーリィーン。
 尊(たっと)き御魂(みたま)の一部なる、『月弓のしずく』を御手に」

囁くような祈りが、ユフィたちの耳にもはっきりと届く。

「・・・碧の瞳の神子を・・・我が手に」



ユフィ達はただクラウドを見つめていた。
行く手を遮るかのような、美しい大理石の扉の前で、祈り続けるクラウドを。
「ねえ、あの憎ったらしい神官長も倒したし、黒マントの『彼ら』もここまでは来れないし、宝玉(いし)はさっきから光りっぱなしだし・・・届くよね、クラウドの声、女神さまと、エアリスに届くよね?」
「ったく、おめぇはいつも畳みかけるような話し方だな」
「だって!!」
「力を貸すか」
「「へ?」」

突然呟くようなヴィンの科白に、シドとユフィは目を白黒させた。
「我々が『此処』に居る意味の、半分以上はその為だろう?
 あの長髪の男も云っていた、クラウドがわたし達を呼んだ、と。
 そして我々には結界の影響が少ないとも」
無表情で、淡々と解説する黒髪の男、ヴィン。
ここまで言葉数の多いヴィンを、ユフィはついぞ見たことがなかった。
「ヴィン・・・あんたって意外にかしこかったんだ・・・」
「おめぇに云われたらなんか情けなさすぎるぞ、ユフィ」
シドの皮肉に耳も貸さずに、たたっとユフィは駆け出してクラウドの隣りに立った。
気付いて振り向いたクラウドの、綺麗な青い瞳を覗き込む。
「呼んであげる、あたし達も」
「・・・・・・あんた・・・」
いつの間にかシドとヴィンも彼女の後に佇んでいた。
「ね、この扉を越えたら・・・逢えるんだよね?」
わくわくと楽しげに、それで居てユフィは初めて見せるかのような 優しい微笑みを浮かべた。
「呼びゃあいいんだよな?愛しの彼女を?」
シドはにやりとして、扉へ真向かい。
ヴィンは顔半分をマントに埋めながら、黙祷した。
ユフィもへへ、と照れ笑いしながら。
エアリス、エアリスと呟いて、額の辺りで両指を組み合わせる。
途端、ぐん、と宝玉の光が増した。

「お人好しめ・・・」
クラウドはばさばさの前髪を掴んで俯いた。



(どうしてそんなに強がってんのよ!?)
(俺たちゃ、お前の力になりてぇ)

―――あんたたちは。

(お前を助けてえよ)

俺を。

(呼んであげる、あたし達も)



甘やかししすぎだ




エアリスがくすくすと笑った。
ちょっと茶目っ気の入った表情(かお)が。
子どもと大人の境界線をふらふらしている感じだった。
「ティファがね、クラウドは危なっかしくて、ほっとけないのーって云ってた」
むっとして睨むと、彼女は今度は声を立てて笑う。
「さすが幼馴染みだよね、よく解ってる」
「何が、だよ」
エアリスは白い腕を伸ばして、きゅ、とクラウドの鼻を摘んだ。
「強くて、かっこいい剣士さま。
 実は寂しがり屋さんな、男の子」
「な、な・・・!」
くるりとローブを翻して、エアリスはまた笑った。
「剣士さま。
 神殿のはした女(め)も実は寂しがり屋なのです。
 だから約束してくださいませ」
悪戯っ子の彼女を掴まえようとして、伸ばしたクラウドの指先が止まる。
「・・・は?」
「呼んでください、わたしの名を。
 そして呼びましょう、あなたの名を」
「エアリス―――」

とん、とエアリスが跳ねたように思った。
そのままクラウドの胸に飛び込んで、身体を預ける。
甘やかな体臭が、クラウドの肺に取り込まれた。

「そうすれば」
「そうすれば?」

「きっと、わたしたちは・・・」




呼んでくれ。
俺を呼んでくれ。
そうしたら。
絶対、掴まえるから。

「エアリス」

君を呼ぶから。
俺を、呼んで。

「エアリス」



―――ラ・・・―――――――ド――――――・・・



エアリス!!



弾かれたように叫ぶ。
どくん、と扉がまるで鼓動するように震えた。

どくん
どくん
どくん

大きく視界がぶれた。
いや、扉がぶれたように視えた。
「ひゃっ!」
短いユフィの悲鳴と共に。
扉のぶれはますます大きくなってゆく。
「消える・・・」
ヴィンが呟く。
シドは慌てて隣のクラウドを見遣った。
巨大な扉を見上げながら。
クラウドは、ただ立ち尽くしている。
静謐ともいえるその佇まいに。
彼が経た、おそらく長い長い年月を思って 妙な感慨を覚えた。

(切ねー・・・なあ、なんか)



やがてぐらぐらと神殿全体が震え始めた。
どこもかしこもぶれて見えるので、吐き気を催しそうな程だ。
「いやー!!崩れるーっ!!」
「何云ってやがんだ、こ、これは幻だっ、崩れるわけがねーっ!」
「なにさー、シドだって声がびびってるよっ!!」

ぐにゅ、と視界が大きくねじ曲がる。
「きゃ・・・」
ユフィが目一杯叫ぼうとした時。
さらさらと神殿と扉が流砂のように崩れ始めた。
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