セフィロスの、細く妙に長い指が。
あと僅かで宝玉(いし)に触れる・・・その時だった。
カッと一際輝いた宝玉は、セフィロスの双眸を眩ませ、彼を瞬間怯ませた。

くるくる、きらきら

踊り跳ねるように、宝玉はするりとセフィロスの指の隙間から 零れ、地面に落ちる。
「ちぃい!」
再度、宝玉をつかみ取ろうと腕を伸ばした時。
ガウン!!
轟音と共に、セフィロスの右腕が弾かれるように妙な方向へ流れた。
間髪入れずに、彼の眼前を黒髪の細い肢体がもの凄いスピードで横切る。
くわ、と眼を見開いたセフィロスはその黒髪の主へ向かって、 容赦なく刀を振り下ろした。
キン、と耳をつんざくような音がして。
紙一重で黒髪の主はセフィロスの狂剣を免れた。
細長く固い切っ先が、ぎりり、と刀を阻み続ける。

ヴィン、ユフィ、シドの。
何のコンタクトも無しに成立した、見事な連携だった。

クラウドの胸元から、宝玉が舞ったと同時に、 ヴィンはセフィロスへ向けて発砲した。
弾丸は、セフィロスの右上腕部を掠めることに成功した。
ユフィは無謀にもヴィンの狙撃を認識する前に、自慢の身体能力のひとつである、見事な 瞬発力で駆け出していた。
無論、宝玉をセフィロスに渡すまい、との一念からだ。
動いたユフィに気付き、これまた咄嗟にシドは長槍でセフィロスの剣の軌道を 阻んでいた。

「・・・身の程知らずが!」
セフィロスの細い眉がつり上がったと思った途端。
シドは信じられない勢いで、己の武器ごと吹っ飛ばされる。
強かに背を打ち、瞬時に立ち上げることが出来なかったが、駆け 寄ったヴィンが 無理矢理腕を引っ張ってシドの身体を起こした。
ほぼ同時にシドの耳を掠めるように、セフィロスの凄まじい一振りが打ち込まれる。
「ひえっ!」
―――間一髪。

一方見事に宝玉を奪取したユフィはその勢いのまま、ごろごろと回転した。
とにかく宝玉を掴むことだけを考えて突っ込んだので、肘やら膝やら背中やら ガツガツと地面に打ち付けまくりで、殆ど気が遠くなりそうだった。
が。

どさり

いきなり回転が止まって、おっかなびっくりユフィが視線を上げる。
「すまない・・・助かった」
クラウドが身体ごとユフィを受け止め、早口で囁いた。
「これ!!」
ユフィが差し出した右手の、中身を。
クラウドが受け取る。
そして、彼は愛用の剣と共に駆け出した。

「おおお!!」
クラウドの咆吼と共に。
その左手の中の宝玉の輝きが、ぐん、と増してゆく。
煌めきは厚い霧を幾筋も裂き、今しもシドとヴィンを切り刻もうとしていた セフィロスを振り返らせた。

ぶあ!

クラウドの右手の巨剣が、セフィロスの胸元へ吸い込まれる。
刀を盾にして直撃は免れたものの、セフィロスはクラウドの剣に圧されたまま、 遥か後方へ吹き飛んだ。
クラウドは剣を握り直し。
ゆっくりと倒れたセフィロスへと歩を進めた。

「還すぞ・・・主人の元に」
固く握り締めた左手の中の宝玉が、爛々とその光の色を変え、輝きを強めた。
あれほど立ち込めていた霧の層が、ひとつひとつ剥がされるように薄くなってゆく。

「・・・女神リーリィーン!!
 俺の声を聴いてくれっ!」

かっと迸る光の奔流。
先程まで粘つくようだった霧の重みが、徐々に消え去ってゆく。



「まったく・・・やっかいだな」
眩しげに眼を細めながらゆるりと立ち上がり、セフィロスが長い髪を掻き上げた。
「異世界の者には、霧の結界も中途な役割しか果たせぬようだ。
 しかもわが敬愛する守護神もお目覚めが近いらしい・・・」
憤怒も焦りも、ましてや悔悟も全く浮かべない、無表情のまま。
セフィロスはただ薄く口元に笑みを浮かべただけだった。
ちゃき、と鍔が鳴り。
美しい姿勢で、刀を構える。
「クラウド、お前は全てを泡沫(うたかた)に帰(き)すのだな。
 この国を慈しみ続けた女神も、それをご所望か」
「―――何を今更」
「我々は、変化を望まぬ。
 屍は・・・望みも願いも、想いも、不変。
 故にわたしの為すべき事は、唯一」
「ああ―――俺も似たようなもんだけどな」
クラウドは握り締めた指をゆるゆると開き。
てのひらの小さな宝玉を高く掲げた。
光を放ち続けながら、ふわりと宝玉は浮いた。
小さな鉱物であるそれは、いつしか意志を持ったかのように 高く高く浮き上がる。

それを合図のように。

クラウドとセフィロスの武器が、交差した。



ガキッ!ガ!ガガ!
目で追い切れない程のスピードで、剣と刀が打ち合い。
くるくると乱反射する光と、千々になってゆく霧の中で。
白い神官服と、青い服の、ふたつの影が縺れ、離れ。
やがてセフィロスはクラウドの剣を弾くと同時に、 “気”をぶつけてきた。
重い空気の塊が、のし掛かる。
「つっ、二度も喰らうかよっ」
両腕で剣を支えながら。
受け止め、そのまま弾くように剣を振るった。
その反撃をセフィロスは躱すのが一瞬遅れた。
ごお、と肋骨にまともに剣が入る。
「がっ!」
そのままクラウドは剣ごとセフィロスの身体を運び、 激しく大理石の扉に叩き付ける。
優雅なフォルムをしたセフィロスの刀が、主の手から 滑り離れた。
すっ、とクラウドの薄青の瞳が、細められる。
感情を消した、容赦ない戦士の眼光。

ざうん

すらりと返した剣の切っ先を。
クラウドはセフィロスの鳩尾に吸い込ませた。
びくっと大きく痙攣したあと、ずるずるとセフィロスの身体が弛緩してゆく。

「おまえ“達”の、夢は終わりだ」

クラウドが低い声で呟く。
ばさりと広がったセフィロスの青銀の髪が。
力無くした細長い指が。
ぱらぱらと崩れ。
砂になり。
薄く蠢く、霧と混じり合い。
―――やがて消え去った後は、扉に突き刺さった クラウドの剣だけが残った。



「・・・クラウドの“声”が届いたんだね」
痛む左肘を押さえながら、ユフィが呟いた。
「ヴィン、お前の銃が命中したのもあの宝玉のおかげか?」
座り込んだまま、目を眇(すが)めてシドが問うた。
「あの宝玉が姿を見せたと同時に結界が弱り始めたのには、間違いないな」
「じゃあ、もっと早く使えば良かったのに!」
小さく頬を膨らませたユフィを、ヴィンは微かに笑う。
シドががりがりと頭を掻きながら答えた。
「あいつにもわかんなかったんだよ、きっと。
 宝玉がいつ輝くか、なんてな。
 最後の扉があって、俺たちが居て、セフィロスが顕れて、クラウドが願って。
 ま、いろいろ要るんだったかもな」





上空で、宝玉は輝く。
絶えず注がれる光は、優しく温かい。
ユフィ達は、のろのろとクラウドの元へ集った。
彼らに背を向け、扉を睨んだまま、クラウドは動かない。

「・・・あれが『月弓のしずく』なんだね・・・見つけてたんだ・・・」
振り返らず、クラウドが口を開いた。
「ああ、ティファの行方は最後までわからなかったけど。
 長いことかけて、やっと見つけだしたんだ―――
 だけど宝玉を手に入れてからも、霧の結界や死人たちに散々邪魔されて。
 時間だけがどんどん経ってゆくばっかりだった」
「・・・なあ、クラウド・・・おめぇは」
シドが苦しげに声を掛けたが、まるでそれを遮るようにクラウドは 彼らに振り向いた。

「ありがとう。
 あんた達のおかげだな」

そう言って微かに笑うクラウドの、あまりの頼りなさに。
ユフィは何故か哀しくなった。
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