次の、新月まであと十日。



「飽きた・・・」
「どうしたんですか?ユフィさん?」

へちゃっとテーブルに突っ伏したユフィを見て、エアリスは心配げに 声を掛けた。
「ウータイに滞在することに、飽きちゃったんだー」
「だってココはユフィさんの故郷なんでしょ?」
「・・・オヤジがさ」
「はい?」
「オヤジがうっとーしいったら、ないのよ!!」
「はあ・・・・・・」

エアリスからしてみれば、大人数な彼らに快く衣食住を提供してくれる 親切な男性だったのだが、娘のユフィにしてみれば煩わしいことこの上ないらしい。
今日はティファが見立てた、オレンジのマーブルリボンをひらひらさせて。
エアリスは困ったように微笑んだ。
「すみません。
 わたしのせいですね。
 本来なら旅を続けないといけないのに・・・」
それとこれとは別!!
ユフィはぐっとエアリスの手を握り締めて、黒い瞳をきらきらさせた。
「エアリスは大切な仲間なんだから!
 そんな遠慮はなしだからねっ。
 エアリスの記憶が戻らないせいであのキンパがご機嫌ななめだの、それでみんなが迷惑してるだの、エアリスのちっちゃな容姿が男女問わずメロメロにさせてるだの、そんなの関係ないんだからっ!
 大体あのオヤジがどーにもこーにもウザすぎるのが・・・」

ウザいっていうのは、どういう意味だ

びくり、と肩を震わせて、恐る恐るユフィは背後を振り返る。
そこにはめったにかめ道楽に顔を出さない筈のユフィの父親、ゴドーと、 その隣には不機嫌極まりない俺が並んで立っていた―――



「あのおしゃべりが」
額に青筋を立てながら、俺はゴドーの屋敷の一室で 苛々と足を踏みならしていた。
部屋の隅の椅子にちょこんと腰掛けながら、そんな俺の様子にエアリスは心配そうに 眉を顰める。
隣の部屋では、ユフィが久々に父親に雷を落とされていた。
何発でも直撃を受ければ良いんだ、お調子者め!!

「クラウド・・・さん、わたし、気にしてませんから」
気にしてるだろ!!
「・・・・・・」
「俺は知ってる。
 アンタはいつも脳天気に笑ってみせるけど、ほんとはいつもみんなのことを考えてる。
 他人の心配ばっかりしてる!」

どすどすと音を立てて、俺は彼女の座っている椅子の前で近づいた。
「俺が、不機嫌なのはアンタのせいじゃない。
 俺が、自分の感情を制御できないせいだ。
 俺は・・・俺たちは、迷惑だなんて思ってない。
 アンタに救われたことだって、たくさん・・・・・・」

いつの間にか膝を折って、俺の目線は座っているエアリスと同じ高さになっていた。
エアリスは困ったような、嬉しいような、そんな複雑な顔をして 俺の頬にそのぷくりとした手を、そっと押し当てる。
「クラ・・・ウド。
 わたし、覚えていなくても、解ってることがある」
「え・・・?」
頬に触れる、優しい温もりに俺の顔は熱いくらい火照る。
よく見れば、目の前の彼女も丸い頬を赤くしていて。
「わたし、あなたのこと・・・・・・」
程良く開いた彼女のフリルの襟が、胸元に微妙な影を落として。
「わたし・・・」
浮いた彼女の鎖骨が。
喉元が。
・・・俺は、俺に差し伸べられている彼女の手首を掴んで。
「あなたを・・・」

「クラウド、お待たせっ!!」

バン、と勢いよくドアが開いてティファが明るく出現した。
一秒の何分の一かの僅かな瞬間に、俺はエアリスのいる隅と対角線の部屋の隅に 移動して、真っ赤な顔で胸を押さえた。
「あら、エアリス、どうしたの?」
椅子の上に体育座りになって、ドアから背を向けるようにしている彼女に、 あっけらかんと声を掛けて、それからティファは俺の方へ向く。
「集合がかかったって言うのに遅くなっちゃって。
 珍しく市に新鮮な魚が・・・」
そこまで滑らかに喋っていたティファは、汗をだらだら流しながら顔を引きつらせている 俺にやっと気が付いたようだ。
「あ・・・、もしかしてお邪魔だった・・・?
「い、いいえっ」
「そ、そうだとも!
 俺たちも急いできたんで、息が切れてるんだ・・・(きっとな・・・泣)」
「そ、そうなの、ティファさん・・・あはは。
 でもせっかく急いだのに、みんな遅いわねえ」
「ほ、本当に、な。
 あははは・・・・」←思い切り乾いた笑い。
「そう?まあいいけど・・・
 クラウド、そんな小さな子供に手を出したら犯罪よ?」

ピキ

強張った俺の顔に亀裂が奔ったが、ティファはお構いなくエアリスに話し掛ける。
「見て見て。
 この服かわいいでしょう?
 さっき見つけてそっこー買っちゃったの!
 きっとエアリスにぴったりだよ〜〜」

(ティファ・・・、君だけは味方だと思ってたのに・・・・・・)





「みんなに集まってもらったのは、ケット・シー君から緊急連絡が入ったからだ」
ゴドーの屋敷の会議室に集合したメンバーは、端の席で放心状態の俺を 不思議そうに見遣りながら、ゴドーの話に耳を傾けていた。
なんで俺が呆けているかを訊かない分だけ、皆は学習能力が上がったようだが、 俺には全く関係ない。
この寂寞とした俺の心にまたボーリング工事を施すようなら ケット・シー、生かしてはおかない・・・・・・ふふふ。

「では、ケット・シー君。
 よろしく頼む」

「お待ちどうさんでした、皆さん!!」

(相変わらず、けたたましいぜ)
シドはうんざりしながら煙草を吹かす。

「ナナキはんの持ってきてくれたサンプルと、ボクの研究の成果を発表いたしまっせ〜〜〜!!」

(さっさと言え)
バレットが右手の銃をぐるりと回す。

「結論として・・・原因はわかりまへん

バキッ!!

他の誰よりも早く行動を起こしたのはやはり、俺だった。
目前の折り畳み机を両断し、背後からはプシューと、煙が立ち上る。

「ケット・・・シー?」
ふっとニヒルな笑いを浮かべて、俺は持っている剣を振りかざした。
もう限界だ。
俺の常識臨界点は突破された。
後はどうにでもなれ―――――
さすがにマズイと思ったのか、俺の目の端で、エアリスが身を乗り出した時。

「か、か、か、かいっ、解決策はありますのやっ!!
モニターから悲鳴をあげるように、ケット・シーは声を放った。
「「「本当かっ!?」」」
数人が同時に訊き返し、エアリスとティファは目を瞠り、俺は彫像のように凍り付く。
「ほんまですっ。
 ボクが集めたデータを、コンピューターに解析させて、ある結論に辿り着いたんですっ!!」
「確かか・・・?」
地を這うような声で俺は口を開く。
ケット・シーには地獄の呼び声に聞こえるのかもしれない。
「・・・正直言って、成功するかどうかはわかりまへん。
 でもこれしかないんです。
 勝負は―――新月」
「やはり、新月か・・・」
ヴィンセントが深く嘆息した。



新月の夜。
例の湧き水の、地下深くの源泉に。
エアリスを連れてゆき、浴びさせる。

それがケット・シーの答だったが。



その泉はとんでもない秘境に存在した。
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