自分の小さな手の平を握ったり開いたりしながら エアリスはため息をついた。
「まさかこんな目に遭うなんて・・・」

この形(なり)では、戦闘に加わっても皆の足を引っ張るだけだろう。
意外と勝ち気な彼女にはそれが辛いらしかった。
先ほどこっそりふたりで試したみたところ、 ケアルガはケアルほどの効力しか発揮しなかった。
マテリアが思うように使いこなせないのが痛い。
バギーに揺られながら、彼女はまたため息をひとつ。
「大丈夫、すぐに元に戻れるわよ」
ティファが優しく声を掛けるとエアリスはふわりと微笑む。
「そうだね、くよくよしてても始まらないし、この身体はこの身体で何か役に立つかも・・・」

ユフィは先ほどからがしがし頭を掻いて苦悶を続けている。
「あの素はさ、あたしも少々なら原液を触ったことも何度かあるけどこんな現象は初めてなんだー。
 ああ、わかんないなあー!!
 お肌すべすべ、保湿たっぷり、香りもふんわりってだけの品物のはずなのになー、どうしてこんなことに・・・!!」
ぐあああ、と呻いてまたユフィは身悶える。
ティファとエアリスが返って心配してしまうほどだ。

「なあ、もしかしてエアリスだから、じゃねえのか?」
ハンドルを握りながらシドがぽつりと漏らす。
「・・・どういうことだ?」
助手席で俺はシドに問い返した。
「ほら、彼女は古代種なんだろ?
 温泉の素で身体が幼児化しちまうなんて考えにくいけど彼女の体質が特別だとしたら・・・?」
「ふ・・・ん」
なるほど、さすが年の功だな、シド(俺は若いぞ、とシドが喚いた)。
だとしたら、あの温泉の素の製造過程は 是非とも解明しないと・・・・・・

そこまで俺は考えたが、だんだん車に酔ってきて、それ以上のことは 思考できなくなってしまった。
エアリスが小さな手で、背中をさすってくれたのは役得だったけれど。



グアン!

いきなりバギーが横揺れした。
シドが懸命にハンドルを操作して、横転だけは免れた。

「何だ!?」
ブレーキをかけると同時に俺がバギーから転がるように飛び出た。
後続のバレット達のバギーも急停車する。

ちゃらりらら〜ん♪

どこからともなく戦闘音楽が聞こえてきた。
「敵だ!!」
ぶん、と剣を構えて俺は叫ぶ。
いきなり頭上が暗くなったかと思うと巨大なスライムが 飛びかかってきた。
「む、あれはメタルキング・・・手強いな」
赤いマントをひらりとさせて、ヴィンセントが呟いた。
それは未知の敵だ、気を引き締めないと・・・え?

ちょっと待て。

それはゲーム世界がちがうんじゃないか?
そういえばこの流れ続ける緊張感のない音楽もいつもと違うぞ・・・

来るぞ、クラウド!!
そのセリフに弾かれるように俺は戦闘態勢に逆戻りして、指示を飛ばす。
戦闘要員は何故か四人に限られているので大変だ。
「ヴィン、エアリスを頼む!!
 バレット、とにかく撃ちまくれ!
 ユフィ、何か投げまくれ〜〜!!」

愛嬌のある顔をした、丸い物体はこちらの攻撃を受けても微動だにしない。
「ついてるな。
 こいつは経験値が高いんだが、良く逃げる。
 チャンスだ」
・・・もしもーし?
どうしてそんなに詳しいんですか?ヴィンセントさん・・・・・・

そのうち敵の身体がぐぐっと膨らんできた。
「な、なんかやべえ感じだぞ、クラウド」
「くそ、なかなかヒットしないしな。
 どうする・・・?」
「あ!!クラウド、やばいよっ!!」

ユフィの甲高い声に振り向くと
ぐわあああああー
――――しまった。
ヴィンセントのリミット技が発動している。
それはレベル3のヘルマスカーで、 チェーン・ソーを振り回す、B級ホラー映画のノリの 悪趣味な形態だ。

ギャギャギャギャギャ・・・
カキーンカキーンカキーン

ヴィンセントの、そういった攻撃方法は殆ど相手には効かないというのに ひたすら攻撃するだけのバーサク状態は、周りには はた迷惑なだけだ。
俺は思わず制止しようとするが、メタルキングとヴィンセントのぶつかり合いは 大きな衝撃波を発動しまくって近寄れない。
エアリスは無事なんだろうかとバギーの影に視線を向けた時。

ぼよよ〜〜〜ん

メタルキングは膨れあがった身体を大きく弾ませた。
「うわああ!」
飛び散る岩盤と、立ち込める土煙と、揺れ動いた地面に、俺たちは思わずひっくり返された。
「きゃうん!」
そのまま弾みながら去ってゆくメタルキングが目に映ったと同時に エアリスの悲鳴が俺の耳に届く。

「エアリス!?」

敵が去ったおかげで元に戻ったヴィンセントを押し退け、同じくエアリスの悲鳴を聞いた らしいティファと一緒に彼女の元へ駆け寄った。
小さな子供の姿のエアリスは、ひっくり返るどころか何メートルか転がされて、 岩陰に倒れていた。
「エアリス、エアリスッ」
ヴィンセントの馬鹿野郎!!
お前に頼んでおいたのに、バーサクしやがって!!
心の中で散々悪態を吐(つ)きながら、俺は彼女を抱き起こした。
頬に付いた微かな擦過傷が、痛々しい。
「エア・・・!!」
なおも彼女の身体を揺さぶろうとした俺をティファがそっと押し止めた。
「う・・・ぅん・・・」
小さく呻いて、エアリスの目蓋がそっと開く。
「エアリス!」
「大丈夫?」
彼女は頭を抑えながらゆっくりと身体を起こすと、まず自分の身体を眺めて、 それから俺の方を見上げた。
碧の瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。
不覚にも胸がどきりとして、頬が熱くなった。

彼女は小首を傾げて、今度はティファに視線を遣り、再びそれを俺に戻して。
はっきりと言った。



「お兄ちゃん・・・誰?」



幼児体型のエアリスを抱きかかえたまま。
俺は凍り付いて動けなかった。

エアリスはまた口を開く。
「お姉ちゃんも誰?」

ティファもフリーズしたようだが、俺よりも早く解凍した。
そして気の毒そうに俺を見つめて。
「・・・まさか頭を打って、記憶喪失・・・!?」



いつの間にか他の奴らも周りを取り囲んでいたが 俺はまだ凍り付いたままだった。
エアリスはぷくりとした手の平を己の額に当てて考え込んでいる。

「・・・・・・・・わたし、誰?」







―――絶対零度
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