その日、最後に辿り着いた町は 砂漠地帯のすぐ側に在った。

黄褐色の岩で組み立てられた小さな酒場の隅に座って 少々きつめの酒を注文する。
さて何処に宿を取ろうかと考えながら グラスを口に運んだとき、無遠慮な腕が 愛剣のアルティマウェポンに伸びてきたのを 視界の端で捉えた。

「げっ」
一瞬だった。
下品な声を上げてごわごわした体格の男は 信じられないといった顔でクラウドを見た。
・・・己よりはるかに小さい手が ガッチリと太い彼の手首を掴んでいる。
簡単に払い除けられそうだと思うのだが わなわなと痙攣するだけで微動だにしなかった。

「・・・他人(ひと)のものに黙って手を出していいと 親から教わったのか?」
ゆっくりと立ち上がって男の腕を外側へ捻り、そして突き放す。
男は不様に身体ごとテーブルにぶつかり、転がった。
歯が二,三本欠けたのだろう、鮮血が口元を汚している。
男がただお飾りで持っているだけだと判断し、盗もうとした 刀身の大きな剣をクラウドは片手で容易く振りかざし、 漸く倒れている男へ顔を向けた。
薄暗いロウソクの灯りを照り返す青みがかった瞳を見て 周囲の野次馬がどよめく。

「・・・おい、あれ見ろよ」
「魔晄だぜ」
「元ソルジャーかよ」

到底敵わないと知り、男は捻られなかった方の腕で ずるずると後ずさった。
「す、すまない・・・
 ほんの出来心なんだ、ゆ、許して・・・」
すっとクラウドは半歩踏み出した。
素人でも判る殺気が放たれる。
殺られる、と誰もが思った、その時。

ふっとクラウドの殺気が消えた。
その視線は自ら愚を招いて震えてる男にではなく 酒場の歪んだ一枚板造りの扉に向いている。
事の成り行きをハラハラしながら陰から窺っていた酒場の主人は 一安心しながら自分も扉の方を見た。

薄汚れたマントで身体を被った青年が其処にいた。
銅(あかがね)色の髪を持ち、陽に焼けていない肌をしていた。
剣は持っていない。
どう考えても戦士というより学者風だ。
そして金の髪の元ソルジャーはその青年を凝視して動かなかった。

「え〜と・・・」
周囲の沈黙を破ってマントの青年は頭に手をやりながら 足を踏み入れる。と同時に口からよだれと血を流していた男は慌てて腰を浮かせて その場を逃れた。
クラウドはそれを気に留めることもなく 今、酒場に現れた青年をまだ見つめている。

だがやがて頭を軽く振ると剣を背負い、 何事もなかったかのようにギルをテーブルに置いて 扉の外へ出た。
マントの青年のすぐ傍を通り過ぎたが 面(おもて)を合わすこともなくすり抜けてゆく。
暫し唖然とした空気が酒場を支配したがそれでも 次第に皆は酒を呷(あお)りだした。
喧噪が酒場の小さな空間を覆い尽くしてゆく中で マントの青年はひとり、去ってゆくクラウドの背中を 見ていた。







馬鹿馬鹿しい――――――

クラウドは言葉を出さずに愚痴った。
何を苛ついてるんだろう、俺は。
あんな雑魚を本気で斬ろうとした。あの時、あの青年に気付かなければ・・・

己があの青年に注視したのは、ほぼ無意識だった。
今から省みるとクラウドを捉えていたのは強烈な既視感の様なものかも知れない。

会ったことはない。
それは確かだ。
ただ、青年の瞳の色が同じだった―――彼女と。



深い、吸い込まれそうになる碧の宝玉。

求めて止まない、そして永久に失ってしまった、女性(ひと)。



クラウドは立ち止まり、星の河を見上げた。
それでも探し続けている、何かが解らずに・・・・・・・・・
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