薄紅のリボンが舞った。

それは風に翻弄される花びらのようで、 掴まえようとして指を伸ばしても 思うようにはならない。

掴まえないと。
あれを。
ほら、濡れてしまうよ。
落ちる。落ちる。
落ちてゆく。
手の届かない水底へ・・・・・・




何も掴めないまま、握った指が冷たくて クラウドは目を覚ました。
まだ、夜明け前。
凍みた空気が強烈な太陽の光に晒される直前。

「・・・ふぅ」
溜息を零して起きあがると、クラウドは出発する 準備を始めた。
あんな夢の後で、再び眠る気には到底なれない。
傷んだ金糸の髪を無造作に撫でつけて クラウドは身支度を整えると、階下へ降りてゆく。
それはもう機械的に何回も繰り返された日常になっていた。

「・・・お早いですね」
背の曲がりかけた主人は唇を頻りに舐めながら 精算を終えるとそういえば、と続けた。
「ついさっきですかね、
 やはり若いお客さんがチェックアウトなさいましたけど 今日は急がなきゃならない催しでもあるんですか?」
半分嫌みだろう、そう考えて無造作に相づちを打つ。
「あるんだろう、きっと」
「東へ来い、と」
「・・・え?」
クラウドは予想しなかった答に眉を寄せて思わず問い返した。
「その方からの伝言です。お知り合いですか?」
「――――どんなヤツだ?」
「銅(あか)い髪に・・・くたびれたマント、目は・・・緑?ですかね」
「・・・・・・」



昨夜の酒場のシーンが甦った。
あの、男だ。
彼女と同じ瞳を持った――――――――――



急ぎ足でその宿を後にした。
町から砂漠へ向かう道へ出ると『東』を見た。
(一体誰だ・・・、
 ほんとに俺に対しての伝言なのか?)

それでもエアリスと同じあの瞳が偶然とは言えない何かを 予感させる。
もしかしたら彼女と同じ古代種、なのかもしれない。
新羅にも宝条にも知られることなく、生き延びていた 古代種が
―――いるのかもしれない。

「くそっ!!」
クラウドは考える事を止めた。
考えても今の状況で答が解る筈もない。 どうせ行く先の決まらない旅だ、東へ向かっても構いはしない。

・・・クラウドはこの不可解な伝言を当面の“目標”と定めた。








そこは小さなオアシスを頼りに暮らしているやはり小さな村だった。
有体(ありてい)に言えば砂漠に点在する街と街を繋ぐ中継点で、 旅人の宿としての機能しかない。

元タークスのリーダー、ツォンは長い黒髪を後で束ねて、 流れる汗を右腕で拭った。
「・・・ったく、暑すぎるな」
彼は友人に頼まれた品物を届けにこの村に来ていた。
数年前は常に黒いスーツで身を固めていた彼も、 ここではラフな服装をしていて一見別人のように見える。
たった一軒しかないその雑貨店を見つけるのは容易く、 ツォンは軽くその店の開き扉を押した。
細々(こまごま)とした民芸品が所狭しと並ぶその薄暗がりの中 に客がひとり佇んでいる。
ツォンが入ってきた気配に気付いたのか
その客のくたびれたマントがふわりと翻って、彼とツォンの視線が中空で交差した。

「・・・!!」
過去の記憶が一斉に甦ったような気がして、 ツォンは軽く目蓋を閉じた。
そして再びそれを開いて、その客を見つめる。

「エアリス――――――・・・」

思わず漏れた出た声に、ツォン自身が驚き、やや狼狽えた。
その客の青年はやがて柔らかく微笑むと、ツォンへ向けて数歩近づく。
瞳の色だけでなく笑い方まで似てるのか、と愕然としている彼を気にも留めないで 青年はやや乱れたマントを肩に掛け直した。そして
「もうすぐ君のよく知っている人物がこの村にやってくる」

青年は旧知のようにツォンに語りかけた。
「・・・出逢いは、君にも彼にも・・・必要だ」

そのままツォンを通り過ぎて、青年は外へ出てゆく。
と、入れ違いに店の主人が奥から顔を出した。
「何かご用で?」
はっと我に返って、ツォンは後を振り向く。
「あの・・・?」
訝しげに主人は更に問う。
ツォンは暫く外を窺うようにしたが、ひとつ息を吐くと 店の主人の方へ向き直った。
「・・・・・・いや。  実は頼まれた品物を届けに・・・」








(何か、楽しそうですね?)

風の中の声がマントの青年の耳を通りすぎた。
「ようやく動くんだ。少し、わくわくするよ」
邪気のない笑顔で応える。
それは普通の人間には聞こえることのない会話だった。

(これは、あなたの思し召しですか)

「・・・いいや。
 全ては彼ら自身の、選択だ」
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