「聖なる光に染まった水晶が、邪を切り裂く剣によって開かれた空間に階段を創る」
青年の声は砂塵に乗って、クラウドの頬を掠めた。

「時、処、そして人間(ひと)、全てが揃った。
 さあ、クラウド。
 君は選ばないといけない」

銅(あかがね)の髪をさらさらと揺らして、酷く優しい表情(かお)で 彼が告げる。
そんな表情(かお)で「選ぶ」等という、手厳しい台詞を吐いている青年を クラウドは眩しそうに見遣った。
何と言うべきなのだろうか、自分は。
この不思議な青年に。

・・・ざらざらと張り付いてくる砂を避けるように、クラウドは俯き、問うた。
「“選べば”、彼女に―――逢えるのか?」
マントの青年は、ただじっとクラウドに視線を返すだけだ。
ゆっくりと顔を上げて、クラウドはそれを受け止め、もう一度繰り返した。
「“選ぶ”には、何を切り捨てなきゃいけないんだ?」



「この世界の全て」



碧の瞳が幽かに揺らめき、クラウドの薄青い光を反射する。



「・・・家族、友人、産まれた村、戦った街、仲間と旅した山脈や大海原。
 それら全てを」







答は簡潔で、膨大だった。
クラウドはぴくりと目蓋を動かしただけだったが、 知らず鼓動が早鐘を打ち始めてゆく。

「じゃあ、エアリスは『ここ』では見出せないんだ、な・・・」
「彼女は一度喪われた。
 それは確かだ。
 しかしセトラは星からは離れない」
「・・・・・・」
「新しい生を受け、この星に存在しているが
 ―――次元は違う。
 『ここ』よりも緑が溢れ、海が澄んだ、まだ若い世界だ」

話の内容の現実感の無さに戸惑い、クラウドは己の 足元でぱっくり口を開く、大地を凝視する。
金糸の髪が風に玩ばれて、ばさばさになる。
頼り無い、光の造形があまりに綺麗で、吸い込まれそうだ。
・・・この光の階段を下れば、エアリスの元へ辿り着ける。

あのセフィロスの凶刃が閃いて以来、彼がずっと求めていたもの。
諦めきれなかったもの。
もう一度だけでも掌中に収めて、ありったけの力で抱き竦めたかった、女性(ひと)。

・・・それを目の前にして、狂おしいほどの愛しさが身体中をうねり廻る。
無意識に震える自分の身体を両腕で包み、クラウドは僅かによろめいた。

彼女が命懸けで護った、惑星(ほし)。
それに応えるべく、戦った自分たち。
―――この世界を、容赦なく切り捨てなければ、 ならないのか。
今すぐに。
「俺は・・・」



長い黒髪の少女が優しく笑っていた。
陽に焼けた、大きな男が腕のガトリングガンを振りかざした。
尾の先の、小さな炎が揺れる。
明るい笑い声で少女がウィンクした。
銃身を撫でながら、紅い瞳が見上げてくる。
煙草をいつも銜えながら、空を仰ぐ男。
関西弁が賑やかな猫もどき。
共に戦った猛者。敵だった人間達。
産まれた村、家族の想い出の詰まった家。

「俺、は・・・」

繋ぎ止めておけなかった、白い手首。
ずっと見つめていたかった、微笑み。
あの碧の瞳に存在する自分の姿を見つけたときの、 面映さ。
薄紅の唇から、零れる声。

彼女の、声。

俺を呼んでいた。
『ここ』で。
俺は、今し方、確かに聞いた・・・・・・?

(彼女が、君を求めること)
(君が、彼女を求めること)

あれは―――彼女だった?――――――・・・







夜の寒気に晒された最後の風が足元を掬った。
あとはもう、太陽の熱に灼かれた風しか運ばれては来ないだろう。
時間(とき)を戻すことは、出来ないから。
(進むしか、ないよな)



「記憶は?」
自分が立っている、乾いた大地を丁寧に見渡しながら、 クラウドはひとつの疑問を口にした。
「記憶は・・・持ってゆけないのか?」
青年の答が是でも否でも、クラウドの決意になんら支障はないが、 どうしても・・・知っておきたかった。

ぱたぱたと忙しく捲れる、青年のマントの音が大きく繰り返されて。
クラウドは風に煽られて眼前にちらつく金の髪を、避けようとして鬱陶しげに 目を細める。

瞬間。
風が止み、マントが緩慢に広がった。
エアリスと同じ輝きを放つ瞳が、曖昧に揺れて。

青年は、微かに
―――――――――笑ったように見えた。





ざうざうと幾度も強く吹き抜けてゆく風を、彼女は真正面で受け止めて。
主から引き剥がされた、小さな白い花びらが幾枚も幾枚も彼女にぶつかっては、 流れてゆく。

風の切れ切れに、灰色がかったマントがちらちらと揺らめくのが視えた。
ぐんぐん風にのって、彼女の方へ迫ってくる。
瞬きもせずに、彼女はそれを凝視した。
風が、額や頬を容赦なく圧してくる。
ぼんやりした灰色のそれは見る間に彼女の視界を占領して、 彼女の全身を覆い隠した。







(青)
(この冴えた青い色の瞳を、わたしは知っている)

「エアリス」

気が付けば、彼女の正面に『その人』は立っていた。
銅(あかがね)色の軽やかな髪に、ぼんやりとした、灰色のマント。
そして『彼』と全く同じ薄青の瞳。

(違う)
(わたしが『彼』をここで投影しているんだ・・・)

頭ふたつ分ほど高い位置から、マントの青年は遠くに、近くに、彼女に語りかけてくる。

「君を探す、『彼』の姿が視えたかい?」
「はい」
「強引だったとは思っている。
 けれど時間軸も次元も違うふたつの世界が接触できる『点』を逃したくはなかった」
「・・・はい」
「エアリス」

マントの青年は、ゆっくりと彼女に頬に触れるぎりぎりの ところまで、腕を伸ばした。

「幾度、繰り返しても君はセトラ最後の生き残りという宿命から逃れられない。
 それが、君の、君で在り続ける条件だ」
「・・・はい。
 貴方が、『星を視る者』であるのと一緒ですね」
「そう。
 わたしはただ、そうするだけだ。
 この星から命を分けられてない故に、この星の運命を左右する事柄にわたしは手を貸すことは出来ない。
 星は、星と同じくするライフストリームに流れることの出来るものにしか・・・命運を委ねない。
 それでも、わたしはこの星を視てゆくんだ・・・永劫に」
 「はい」
「セトラの娘よ。
 星の愛し子よ。
 君の切り離せぬ宿命に、『彼』を添わせることは酷かも知れないが」

温かな空気が、彼女を包み込んだ。
まっしろな世界に、ゆらゆらと灰色が溶け込んで行く。

「・・・君達が、求めた。
 だから、わたしは“動いた”」

ぽん、と肩を押されて彼女の意識はゆっくりと下降し始めた。
遠ざかる、銅色の髪の青年が笑う。

「だから―――――歩みなさい、君達自身で」






(ああ)
(花の香りが)
(風にそよぐ、葉擦れの音が)
(・・・戻ってくる)
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