「ね、ね!
 クラウドから久しぶりに連絡があったの!」

「・・・本当か!?
 おいおい、一体何か月ぶりだよ?
 それで?」

「みんなは元気にやってるかって。
 自分のことは殆ど何も言わないの。
 でも―――心配ないからって。
 どこか、あの頃のクラウドを思わせる声だった。
 みんなで居た頃の時の」

「そっか。
 ・・・・・・・・・そうか」



シエラは顎をさすりながら頷くシドの顔が、やや笑っているような気がした。
ティファは電話口の向こうで、シドが今どんな表情(かお)をしているのかが 解るような気がして、瞳を潤ませる。

トクトクと胸が高鳴った。
昨夜、連絡してきたクラウドの声は、 誰にも何も言わず、突然姿を消してしまった頃のクラウドのそれとは明らかに違っていた。
なにか吹っ切れたような・・・いや、しっかりと地面を踏み締めているような。

どうしたのかとは訊かなかった。
また、会いたいとそれだけを告げた。
彼は何も答えなかったが、否定はしなかった。



―――それが最後の会話になるとはティファはおろか、クラウド自身ですら思ってはいなかったのだけれど。






冷え切った風が吹き抜ける度に、じゃりじゃりと細かな砂が身体中に纏わり付いてくる。
ぱさぱさと乾いた髪の毛が擦れ合う音が耳障りだった。

村外れの、小さな遺跡。

人の手で削られたのであろう、巨岩が幾つか乾燥した大地に転がっている。
昇りかけた太陽のクリムゾンのような滲みが、黄砂の色と地平線で混じり合って 奇妙な美しさを醸し出していた。
「・・・・・・」
視線を北に転じると、教えられたとおり黒くて平べったい岩盤がぽつりと映った。
クラウドはもう一度地平線を見遣り、そしてふう、と息を吐く。
「誰も、居ないよな」
多分答はここなのだと、そう考え出すとじっとしていられなくて。
夜中だというのに来てしまった。
今や、夜明けを迎えようとする時刻だ。
「・・・日時は指定しない」
あの青年の台詞を繰り返してみる。
「星の階段の出現にはいろいろな条件があるらしい」
これは雑貨屋の主人の言葉だ。
クラウドは胸のポケットに収まっているクリスタルを布越しに触った。
「さて―――どうする?」





緩やかな丘の斜面一杯に、色とりどりの花が咲き乱れていた。
草の香り。
土の香り。
風の薫り。
“あの場所”とはかけ離れた世界。
文明は遙かに遅れてはいるけれど、この世界の大地は瑞々しかった。

仰向けに寝転がって、空を見上げる。
鼻先をひらひらと小さなトパーズ色の蝶が飛ぶ。
(こんな格好見たら、母さんがはしたないっていうかしら)
悪戯っ子のような笑みが彼女の顔に浮かんだ。
それでもこうして、花々に埋もれて、土の上に両手足を投げ出せば 彼女の意識が高みへと舞い上がり、青空へと拡散してゆく錯覚に陥りそうで。
高く。
高く。
この惑星(ほし)を取り巻く大気と時間の層を突き抜けて。

『彼』のいる場所へと。



年齢(とし)を重ねるに連れて、少しずつ彼女は記憶を取り戻してきた。
『夢』という形で。
そうして、全てを思い出したのだ。
以前の―――彼女の生命が事切れるまでの、全てを。



高く

高く



彼の処まで





貴方の、処まで・・・・・・・・・
「クラウド」





ゆっくりと夜明けは、光のカーテンを大きく広げ始めた。
目の前の、黒い岩盤はその不自然な姿を麦わら色の大地の上に 明確に表しつつある。
どうすべきか見当の付かない、クラウドの右手に握り込んだクリスタルに、朝陽が反射する。
が不意に。
彼は弾かれたように後を振り返った。

「エアリス?」

懐かしくて、愛しい声を聞いたようだった。
彼の、名を呼んだように思った。

「・・・エア・・・?」

瞳に突き刺すような陽に向かって呼びかける。
「エアリス―――?」



次の瞬間、鼓膜を切り裂くかのような細く、高い音が彼を通り抜けた。
否。
音ではなく、一条の光の、線。
しかし彼の思考が真っ先に認識したのは粉々に砕け散るクリスタルだった。



「な、に!?」
ざらざらと指の間から、欠片が零れてゆく。
何が起きたのか解らず、さすがのクラウドも対処出来ない。
クリスタルの欠片は乾いた音を幾つも繰り返しながら岩盤に跳ね返ってゆく。
陽の光を受けて、煌めく。

「・・・アレクサンダーが手を貸すとはな」
楽しげな声がした。
岩盤からクラウドが顔を上げると、視線の先にあの青年がいた。

白く染まってゆく明け方の空に、
はためく彼のマントが
彼の銅(あかがね)の髪が
エアリスと同じ碧の瞳が。



「条件はふたつ。
 彼女が、君を求めること。
 君が、彼女を求めること」

青年の姿はけして遠い位置にあるわけでもないのに、蜃気楼のように 心許ない映像として揺らめく。

「―――そして『星の階段』は出現する」

うっすらと青年は微笑った。
彼の後で、六本足の白馬に跨った甲冑がぐん、と大きく剣を振りかぶる。
「・・・オーディーン!?」
クラウド達がかつて幾度か召喚した幻獣にその姿はよく似ていた。
「あんたは・・・・」
そう叫びかけた時、クラウドの視界を巨大な剣がもの凄い勢いで埋め尽くした。

ずん

無音だった。
足元から迫り上がったのは、重力に近い何かだった。
胃液を吐きそうになって、クラウドは口元を押さえる。
砕かれた黒い岩石が、がらがらと舞い上がりその下から溢れ出す眩い光にかき消されてゆく。
肌を刺すような輝きに思わず目蓋を閉じて、クラウドは蹲った。
一瞬の閃光は、長く伸びたオベリスクとなってまだほの暗い空へ吸い込まれ 消えてゆく。



「階段だ、クラウド」
数メートル先にいたはずの青年の声音が、クラウドの右肩越しに響いた。
驚いて見上げると、青年は彼のすぐ傍で、やはり微笑っていた。
青年のすらりと伸びた腕の先にひび割れた地面があり、その裂け目は 数人の人間をぽっかり呑み込んでしまうほど大きい。
しかしよく目を凝らすと、まるで蜘蛛の糸のような頼り無いふわふわした白色の 光が幾何学模様を描いて地底へと連なっている。
クラウドは立ち上がり、青年を振り返った。

―――風が、吹く。
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