例えば。

目の前の男が彼女と同じ古代種だとしても。
・・・彼女が還ってくるわけじゃ、ない。

例えば。
彼女と同じ人種を今更見つけても
俺は、



この状態から抜け出せるっていうのだろうか―――――――?






「あんたも、古代種なのか!?」

上擦った声が薄暗い路地に、落とされる。
銅(あかがね)色の髪の青年はほんの一瞬驚いたようだったが 直ぐさま柔らかく微笑み返した。

「・・・いや」

期待しない方がいい、と己に言い聞かせてはいたものの落胆の色は隠せず、クラウドの両肩が 小さな吐息と共にやや下がる。
「じゃあ、どうしてエアリスのことを知ってるんだ?
 あんたはどうしてそんな――――」
彼女と同じ瞳を持っているんだ?

最後の方で有耶無耶に呑み込まれたクラウドの言葉も、青年には届いたようだった。
彼はすっと目蓋を閉じ、そして再びゆっくりと目を開く。

「・・・な、に!?」

割と整った顔立ちと共にあった筈の、エアリスと同じ碧色の瞳は、完全に変貌してしまっていた。
煌めきを一切封じたような、漆黒の闇がその瞳の色だった。
直感的にクラウドは理解する。
これは、今現在彼と青年とを包み始めた ―――闇の色、だと。
陽の沈んだ、夜の色だと。



「何なんだよ・・・あんた、一体・・・」
無意識にクラウドは後退り始めていた。
数え切れないほどのモンスターと斬り結び、 セフィロスというこの星を滅ぼそうとした男と対峙し、 そして生き延びてきた彼が、
それまで味わったことのない畏怖に晒されているのだ。
クラウド自身が信じられなかったが、彼の本能的な部分が目の前の青年を 畏れていた。
瞳の色を変えた途端、豹変してしまったその青年の極僅かな・・・“場”を。

青年が微かに眼を細めた、それだけでクラウドは動けなくなる。
ついさっきまでの柔和な雰囲気は微塵も無くなり、 しんと空気が凍り付いたような静寂が青年を包んでいる。
それでいて、青年の存在感は強烈で凍って動かないその空気の塊から、 ぐん、と浮き立つような威圧がクラウドの全身を押さえ付けてくる。
経験のない緊張感でクラウドの心筋はきりきりと悲鳴を揚げた。

「・・・わたしは、何者でもなく。
 しかし、望む全ての者でもある」

湿気を含んだ、淀んだ空気。
それなのにまたふわりと青年のマントが靡いた。

「君が彼女を求め続けたから、君がわたしを見る時に、 わたしの瞳が彼女のそれと同じものに再現された。
 ・・・それだけのことだが君を理解するには充分だった」

脂汗が額に、掌に、滲む。
おい、おい。
何を言ってるのか、さっぱりだよ。
胸の奥で毒づきながら、情け無いことに身体は小刻みに震えるばかりだ。
だがそれでも、クラウドは確かめねばならない。
愛しい、女性(ひと)を得るために。

「あんたは解らない事だらけだ。
 ・・・だけど、知ってるんだな?エアリスを。
 なあ、どうして俺の前に現れたんだ?
 俺に、どうしろっていうんだよ!?」
泣き出しそうだった。
期待させられて、裏切られ、その落胆を隠せず。
いきなり、強烈な威圧感に晒されて。
動くことの出来ない、自分が情け無くて。
さっき、ツォンに殴られた頬がじんじんと痛くて。
―――大声で、泣きたい。



くっと青年の喉が鳴った音がした。
いきなり、身体中を支配していた圧迫感が消え去った。
急激な変化に付いていけず、がくりと右膝がよろめく。

「あははは・・・」
明るい笑い声が響いた。
あまりの落差にクラウドは次の反応が出来ずに目を瞬かせるばかりだ。
「すまない。
 だがああでもしなければ君は、わたしの言うことなど信じないだろうから」
青年はクラウドを見下ろしたまま、喋った。
丁寧な言葉遣いの、端々に何故か優越感が滲み出ている。
先程までの畏怖は失せ、替わりに迸る怒りがクラウドのふらつく脚に力を与えた。

「・・・冗談にならない・・・」
嗄れた声で、言い返す。
「あんたが、俺の常識を超えた存在なのは解った。
 エアリスと俺の顛末を妙に詳しくご存じなのも、解った。
 そろそろいい加減に教えろよ。
 あんたは、どうしたいんだ?」
背を伸ばし、拳を握り締め、青年の顔をじっと見つめる。
にぃっと薄く笑ったその青年の表情にはクラウドに対する侮蔑が 感じ取れた。
青年に見下された、それに対する反抗心が沸々とクラウドの身体を 駆け巡った。そして徐々にクラウドを立ち直らせてゆく。
薄青の瞳に本来の彼の精気が戻ってきていた。

「此処まで来たんだ。
 あと一頑張りして貰う」
青年は軽やかに言い放った。
奥歯を噛み締めたまま、クラウドは視線を逸らさない。
「『星の階段』まで来るんだね。
 日時は指定しない。
 わたしは行きたい時に、そこに行く。
 その時に、君が『星の階段』に居れば――――――」
「それは、彼女と関係があるのか?」
はは、と青年はまた明るく笑った。
「だから、君は来るんだろう?」
ざっと青年のマントが大きく翻る。

「見せてもらうよ、クラウド。
 君が、彼女を求める・・・その強さを」






「ウルサイ・・・」
去ってゆく背中を見送りながら、クラウドは低く唸る。
「ウルサイけど、ノッてやるよ。
 ・・・あんたの、訳の解らない遊びに」

外灯の殆ど無い小さな路地は、青年がさっきまで抱いていたやせっぽちの猫の 鳴き声以外は、クラウドの小さく忙(せわ)しい呼吸が 響くのみだ。

何かに自分は踊らされている。
だがその惨めな舞台の終幕に、彼女の笑顔がちらついて、 頭から離れない。
だからこの妙な舞台からは、まだ降りる事は―――出来ない。



エアリス

エアリス

君をずっと呼んでた。
君をずっと探してた。
それは、何の価値も生み出さない虚しい繰り返しだった。
・・・俺自身が、認めていないのに、繰り返してきたそれを。



エアリス

全て肯定するよ。



君を喪ってからも、君を求めてきたことを――――――――肯定する。

だから俺は
俺自身を軽蔑することを。
ここで。

止める。






どうして挑発なんかするんです?

「え?そう思うかい?」

・・・人間に道を選ばせるとか言って、貴方はちゃっかりご自分の思う方向へ 誘導なさっている様に思います

「はは、厳しいなあ、シヴァは」

わたしなどよりも、アレクサンダーやバハムートに配慮なさいませ



心地よい冷気がマントの青年を包んだ。
眼前に広がる、青い青い空。

「愛しい娘の想いが。
 あまりに心地よくてね・・・・・・つい、なあ」






少女は涙で濡れて冷たくなった枕で目覚めた。
長く伸ばした茶褐色の巻き毛がふわり、と流れた。
頬に手を当てると、濡れた痕。

「・・・・・・ああ、そうなのね」
ぐいっと涙を拭って、少女の碧の瞳に強い光が宿る。

めそめそ、してるんじゃないよ、わたし。

そう、叱咤して窓の外を見遣る。
煌めく無数の光の砂。


ここに、わたしが居る理由が。
わたしが今まで見てきた夢の意味が。





―――――――疑問の、氷解。
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