少女は仔猫の背を撫でながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
まだ小さな手はぷっくりとして子供特有の幼さを残している。
肩にかかった柔らかな髪が首を動かす度に、ふわふわと揺れていた。

「どうしたの?心配そうに外ばかり見て。
 雨でも降りそうなの?」
食器を洗いながら母親は少女に訊ねた。
「ううん。明日は晴れるよ。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・夢を想い出したの」
「ああ、またなの?
 お前は結構ドラマチックな夢を見ているようだね」
くすくすと笑いながら母親は皿の一枚一枚積み重ねていった。
少女は少しだけ、不思議な子供だった。
感覚が鋭いとでもいうのだろうか、特に自然現象については敏感に言い当てる。
例えばそれは明日の天気だったり、作物の不作良作だったり、震災だったりした。



「悲しい、夢だったから」

膝を抱えて呟く少女のその言葉は母親に聞こえることは無かった。






闇が迫ってきていた。
通りを歩く人達の足音もまばらになってゆく。
娯楽のない小さな村の夜は早い。

クラウドは漸く身体を動かした。
長いことそこに座り込んでいたせいか、ぎこちなく立ち上がる。
口端の乾いた血の跡を左手で軽く触れて。



『残された者の思念は死者を縛り付ける』

ツォンの言葉が甦った。
二、三度首を振って打ち消そうとしたけれど、こびり付いて離れない。

そう、そうさ。・・・わかってる。
いつかは彼女を想い出にしなければいけない。
立ち直る、立ち直らないは別として。

現在(いま)の自分の状態は最悪だと、クラウドには解ってはいた。
もしエアリスが此処に居れば、殴られるか、叱咤されるか。
「それとも」
ただ抱きしめてくれるだろうか――――――





「君は何もかも中途で終わってるから」

突然の声にクラウドは背後を振り向いた。
そこに立っていたのは紛れもなくあの、マントの青年だった。
銅(あかがね)の髪、碧の瞳。
『東へ来い』とクラウドに言い残した青年――――――

「あんた・・・」
クラウドは驚愕はしていたが同時に警戒もした。
青年が彼に口を利いてきたのはこれが初めてだ。
だがここまでの経緯をクラウドの思い込みと、偶然で片づけるにしては 印象が強すぎる。

青年はそんな彼の様子を気にかけることもなく、近づいてきた。
「君は彼女に言葉を与えていない。
 行動も起こしていない。
 それどころか自分の本当の感情にすら気付かなかった。
 なにもかも中途半端なまま、たいせつなものを喪った。
 しかも己の力も尽くさないまま、だ。
 だから君は、
 何も解決できないまま彷徨うことしかできない」



・・・何を言ってるんだ?

うわん、うわんと頭の中に反響してゆく言葉。
今、こいつは何を言ったんだ?

半端、だと?
なにも、していないと?
・・・気づかずに、手遅れにしてしまった・・・?俺が?

うるさい、鳴り響くのは止めてくれ!
こいつの言ってる意味が解らないじゃないか・・・・・・



クラウドは唇を舐めた。掠れた声帯を懸命にいつも通りに動かそうとした。
「―――あんたは、俺を知っているのか?」
「ああ」
青年は柔らかく微笑みながら、答える。
「数日前、酒場で・・・俺と会ったよな?」
「ああ」
「あの町の宿で俺に伝言を残したのは、あんたか?」
「・・・そうだよ」

青年は軽く声を立てて笑った。
邪気のない、まるで子供のような顔で。
風もないのに彼のマントがふわりと動いて、何気ない顔でそれを抑える。

「何者、なんだ?」

「正直、君がこの村にこんなに早く辿り着くとは思ってなかったよ」
青年はいつの間にか足元に擦り寄ってきた茶色い猫を抱き上げた。
「・・・わたしの正体なんて、君には全く関係がないんだ。
 必要なのは君が選び取ることだった。
 そして間違うことなく、君は此処で、わたしと出会った」
猫の首をくすぐりながら、青年はクラウドを見遣る。
噛み合わない会話に苛々しながらクラウドはそれでも辛抱強く問いかけた。
「訳が分からないことを言うのは止めてくれ。
 ここに俺を来させようとしたのは何故だ?
 ・・・あんたは、誰だ!?」

「その前に、わたしの質問に答えてくれるかな」
ごろごろと猫が喉を鳴らす。
「君がここまで来たのはどうしてだ?」
「・・・知ってるヤツに感じがよく似てたからさ」
「エアリスに?」

クラウドの青い瞳が大きく見開いた。
どくん、と鼓動が跳ねた。
あまりに呆気なく青年の口から出た、その名に。
指先が震え出す。

「やっぱり、彼女のことを・・・?」
「彼女はこの星の娘だから」
さらりと答えて青年は目蓋を閉じた。
慈しむようなその表情に弾かれたようにクラウドは青年の肩を掴む。

「あんたもなのか!?
 あんたも、古代種なのか!?」
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