少年は向こうには古い遺跡があるのだと、話した。



眩むような陽射し。
風に混じって運ばれる砂。
もうこれ以上東に向かっても青黒い海しか残っていない。

さてこの先どうすればいいのか、迷っていたクラウドにこの村で 一番最初に声を掛けたのがその少年だった。

「こんな何にもない村だけどさ・・・」
縮れた黒髪の少年は村に一軒しかない宿までクラウドを案内しながら 説明した。
「ほら、道の向こうに大きなオベリスクみたいなのが見えるだろう?
 あそこには不可解な大岩が列んでいて学術的に貴重なもんなんだってさ。
 だから雨季と乾季の間の今の時季に学者さん達が結構来るんだ。
 遺跡発掘とかで村人も駆り出されてそれなりの賃金ももらってる」

取り立てて特産のない村。
小さな出店のあちこちで見掛けた奇妙な彫刻のオブジェは 遺跡関連の土産物らしい。

ここに。
何があるというのか。

「兄ちゃん、着いたよ」
「・・・ありがとう」
幾らかのギルを渡す。
少年は立ち去る時振り向いて白い歯を見せた。
「あんた、学者さんには見えないね」
だがどうしてこんな所に、とは問わず去っていった。

「はっ・・・ははっ」
右頬がぴくりと跳ねて、不完全な笑い顔になる。

俺は、何をしてるんだ?
こんな所で。
友からも故郷からも遠く離れて。
幾度朝日を見た?
幾度星を見た?
―――――――――――――――何を、したいんだ?







まだ陽暮れまで少し時間がありそうだ。
車のキーをぶらぶらと回しながらツォンは所在なげに 通り過ぎてゆく人々を眺める。

夜通し運転して帰るのも良いがそこそこ有名な遺跡を見ても良いかも知れない。
確か本で読んだ限りは小規模ながら最古の部類に属す遺跡だ。
暇つぶしにはなるだろう。
暑さも和らいできた。
少なくとも何もないこの村よりはマシだ・・・・・・

踵を返して黒い車体に乗り込もうとした時。
ツォンは視界の端に妙な引っ掛かりを覚えた。
彼は長い間、タークスという独特の世界にいた。
そういった世界にいた者が持つ嗅覚がツォンを振り返らせる。
そして、彼が振り向いた先には金の髪と薄青の瞳の若者が 何をするでもなく通りを歩いていた。



「クラウド・ストライフ・・・」

無意識に筋肉が緊張した。
呼吸を深くして神経を研ぎ澄ませる。
熱風の名残のある煉瓦造りの小さな通りに、ツォンの黒い瞳だけが 冷めていた。

ぞくり。
首筋に感じたその悪寒をクラウドは覚えていた。
この、感覚は。
確かに知っている。懐かしい、なんてものではなく。
出来れば二度と出逢いたくなかった―――視線。

金の髪の若者は立ち止まり、ゆっくりと、しかし隙をつくることなく、 その視線の持ち主を見た。
想像はしていただろうが、やはり驚愕の色は隠せずに呟く。
「ツォン―――」



「風の噂で行方知れずとは聞いていたが」
ゆっくりとツォンは歩を進めた。
呼応するようにクラウドも動く。
「・・・こんな所で会うとは。まさしく奇遇だ」
ふたりは意識するでもなく人気のない路地へ入ってゆく。
「あんたも。
 元気そうだな」
クラウドにとってこれほどの緊張感は久しぶりだった。
心地よさすら、覚える。

やがて完全に表の道から隠れたとき、ツォンは足を止めた。
「再会するとは思ってなかった・・・だがわたしはお前に会うことを望んでいた と、今解ったよ」
「!?」
それは唐突で予測し得ない言葉だった。
一瞬クラウドがツォンの言葉に眉を顰めた時、カッと靴音が響き、 同時にクラウドの左頬に拳が入っていた。
「くっ・・・!」
辛うじて倒れることは避けたが、頬の内側が切れて、血が溢れた。
幸い歯は折れずに済んだようだ。
ペッと血を吐き出してぐっと踵に力を入れる。
「ったく。久しぶりだってのに乱暴だな」
ツォンは顔に散らばった数本の黒髪を掻き上げ、はっきりとした怒りの表情を 表していた。
「お前は」
静かな声。だがそこに冷静さはなく。

「お前は、彼女を守れなかった」



それを、今まで誰一人、彼に告げた者はいなかった。
ただ、彼自身が己に吐いたに過ぎない言葉だった。
初めての他者からの、その『言葉』。

どくん、と心臓が大きく打った。
臨戦態勢と言っても良かった状態は一瞬で瓦解し、 クラウドは僅かに揺れる地面を感じる。

「俺・・・っは・・・」
乾く唇を舐めた。
返す言葉など有るはずはなかった。
何も答を出せずにこんな辺境にふらついている、己に。
―――返す言葉など、有るわけがない。

ツォンは荒々しくクラウドに近寄った。
力の抜けた彼の胸ぐらを掴み、ぐっと持ち上げる。
「がっかりだよ、クラウド・ストライフ。
 まさかお前まで引きずり、断ち切れずにいるとはな」
言い捨てて、乱暴に手を離す。
よろめくクラウドに背を向けて、ツォンは更に言い募った。
「何故だ、何故お前だった?
 傍にいて守ってやれなかった、こんな男を何故彼女は・・・・・・!!」
「ツォ・・・」
「いや、違う」

ツォンはもう一度クラウドを見た。
氷のような印象。それは、まさしくタークス時代の彼のもの。

「済まない―――――八つ当たりだった」
クラウドは顔を上げない。
俯いて、辛うじて立っているように見える。
「・・・彼女は、流された訳ではない。
 自分で道を選択し、そして動いた。
 結果は望んだ方向と違ったかも知れないが・・・お前を責めるのは、わたしのエゴだ」
「違う!!」
俯いたまま、クラウドが叫ぶ。
「俺が、俺がもっとちゃんとしていれば、彼女は・・・エアリスは!」
「自惚れだ」
にべもなく否定し、ツォンはクラウドを見下ろした。
「わたしは、クラウド、お前と同じだったと言っていい。
 何もしてやれなかった自分を数え切れないほど罵倒した」
そこでようやくクラウドは顔を上げた。
「だがそれでは駄目だ。
 それが解っていたからこうして新しい生活を送っている。
 しかしそれは上辺だけの納得だったらしい。
 こうしてお前をみて腹が立ったんだからな」
ふっとその黒い瞳に嘲笑が浮かんだ。
クラウドはやっと彼がエアリスに抱いていた感情を知った。
「ツォン、俺は・・・」
「知っているか?」
「・・・え?」
「残された者の思念は死者を縛り付ける」
苦々しくツォンは言葉を吐いた。
魔晄の瞳に最早喪われた過去を馳せながら。
「・・・これは一体どちらのための言葉だと思う?」
「―――――――――・・・」



ツォンは完全にクラウドに背を向けた。
踏みしめる砂利の音がやけに大きく聞こえてくる。



・・・・・・よく、笑う少女だった。

ツォンの脳裏に花のような彼女の笑顔が壊れたフィルムのように カシカシと音を立てながら、繰り返し現れる。

あの男は。
ずっとお前に縛られてる。・・・自分で縛っている。
エアリス。
お前が確かに存在したことをわたしは今し方、はっきりと実感した。

わたしが、お前と、同時に、在った。




感謝しているよ、彼に。
そのことに、気付いたことに。





ツォンは愛車に乗り込むとエンジンを噴かした。
数時間も飛ばせば、そこそこ大きな酒場のある街に着くだろう。
ハンドルを握りひとつ溜息をつく。


(・・・出逢いは、君にも彼にも・・・必要だ)


昼間の、青年の言葉がふと甦った。
暮れてゆく村を睨みながら、やがて軽く首を振る。
目蓋を閉じて、ゆっくりと再び目を開き、
アクセルを踏み込んだ。






いつの間にかクラウドは座り込んでいた。
片膝を抱えながら、薄暮に染まる砂利道をぼんやり眺めていた。



声が、聞きたいよ。

君の、声が。
なんだかとても。堪らなく。



大切な人を失った時、人はどうやって乗り越えるのか。
どうやって抱えていくのか。

―――――――――おそらく今の俺は。
どうやっても、出来ないだろう。



クラウドは己に嫌悪しながら、
・・・座り込んでいた。
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