足元がずるりと滑った。

饐えた臭い。
・・・赤黒く腐った肉の塊がそこにあった。

すでに人間(ひと)のものか怪物(モンスター)のものか区別がつかないほど 原型をとどめてはいない。

嗅覚はとっくに麻痺していたので凄まじいまでの腐臭は気にせずに次の攻撃に移る。
巨大な獣の形をした怪物は一刀のもとに地響きをあげて倒れてゆく。

「・・・・・・」

クラウドは無表情に剣を納めてまた歩き出した。
もう何度こうしたかわからない。
とにかく行く手を阻むものは有無を云わさずに斬り捨てた。



宛てのない、旅。





老女は腰を屈めて薄いスープを椀に注いだ。
白髪混じりの黒髪が額にぱらぱらと張り付いている。
筋張った指先は絶えず震えて、すでに思うように動いてはくれないらしい。

「・・・こんなものしかないけど」

そう言ってゆっくりとクラウドに差し出した。

「いいよ、・・・あんたが飲めばいい。
 俺は屋根のある場所で眠れるだけでも感謝している」

若い旅人のぶっきらぼうな応えに彼女は乾いた笑い声を立てた。

「・・・この年齢になるとね、妙に人恋しくなるときもあってね。
 そういうときは大きなお節介でも焼いてみたくなるんだよ」

それ以上のことはクラウドもさすがに言わず、黙って欠けた椀を受け取った。
老女は直接床に座ってスープを啜る青年の脇にある、古びた椅子に腰掛ける。

「こんな処をあんたみたいな若いもんが彷徨くなんてね」

「・・・そういえばこの辺りは人がいないな」

「動けるもんはみんなどっか行ったよ。
 此処にいても作物は充分育たない。
 残ったのは動けないからだよ」

また乾いた笑い。

「あんたは・・・」

空になった椀を見つめてクラウドが問う。

「この星が滅びなくて、良かったと思ってるのか・・・?」

老女は哄笑した。
いや、そのつもりだったのだろうが掠れた響きしか出てこなかった。

「あんた、生きていたくないのかい?」

そうしてクラウドの青い瞳を見る。

「ふん、あんたにはまだまだ早いよ」

何故そんなことが解る―――クラウドは問おうとした。
だがすでに老女はうとうと仕始めていた。

ちっと舌打ちしてクラウドは両膝を抱える。


隙間だらけの壁の向こうで甲高い風の音だけが子守歌だった。



翌朝早くにクラウドは老女の家を出た。
去り際に老女が言った。

「生きていて良かったとか、悪かったとかはね、
 死んでみないとわかんないんだよ。
 あんた、答えが知りたいからって死ぬ程の馬鹿かい?」

それは違うな、とクラウドは首を振る。

「俺はただ、何もかもに、宛てがないんだ―――」






「そうね、古代種はわたし独り。
 独りっていうのはどんな場合でも・・・哀しい、と思う。
 でも、
 でもね、“エアリス”は独りじゃないから」



・・・『忘らるる都』のことを思い返すたびにクラウドは自責する。




どうして彼女はたったひとりで『忘らるる都』へ行ってしまったのか。
“エアリス”は俺を信じていると言ったのに。
―――どうして、何も言わずに。俺を置いて。

そんな思いがぐるぐると渦巻いた。
その考えに囚われたまま、大空洞の決戦へと雪崩れ込み。
そうしてやがて己が失念していた事実を突きつけられたのは、

ホーリーが発動した時。


(彼女はあの時、たった独りの古代種として決断したんだ・・・)


エアリスは俺を信じていると言った。
でも、セトラとしての彼女は?


冷静に考えれば、エアリスの下した判断は最適だった。

俺達ではメテオは止められなかった。
そして俺達がいなければホーリーは発動しなかった。
全ては歯車が噛み合うようにうまくいった。
この星は―――救われた。


(だけど、俺は・・・・・・)

エアリスの側にいるべきだった。
彼女が選択するものに気づくべきだった。


「こんな」
言葉を、吐き出す。

口を開けば風に混じった細かな砂利が入ってきた。
星は救われたとはいえ、疲弊しているのは間違いなく、あちこちで砂漠化が進んでいる。
海は淀み、空からは有害物質が降り注ぐ。

あの、うようよしていた怪物どもすら弱ってばたばたと死んでゆく。
豊かな街はともかく辺境での人々の暮らしは辛酸なものだった。

「こんな星のために・・・」

いっそ全て無くなってしまえば良かったんだ。
そう、つぶやく。
君と引き替えに残ったのはこんな、痩せこけた星。




セフィロスを倒したあとのクラウドは自暴自棄になっていた。
エアリスを失った心の穴を埋めていたのはセフィロスを倒し、星を救うという 壮大で悲壮な目標。
それを成し遂げたとき、虚ろな穴が更に大きくなってクラウドを捕らえたのだ。


護ると誓ったのに。
俺が、彼女をきっと護るって。

思い上がっていた自分を殴りたい気分だった。
未熟で、力もなくて、黒マテリアを奪われて。
彼女ひとりに背負わせた。

エアリスは気づいていたんだ。
―――あの時の俺は自分のことで精一杯だったってことを。





どこにいこう?
どこかへ向かわないと俺はその場で崩れそうだった。


なにをしたい?
・・・・・・・・・・・・・・・・・わからない。





ざくざくと砂に足を掬われながらも歩き続ける。



宛てはない。


どこにも。
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