「へぇ、シドとシエラってとうとう結婚するんだ」

珈琲の香りが狭いカウンターいっぱいに広がった。

「がははは、年貢の納め時ってゆーのは、まさにおめえのことだな!!」
大きな声で冷やかすようにバレットは笑う。

「・・・るせえんだよ」
ぽかりとバレットの頭を殴るとシドはティファの方を向いた。

「で・・・クラウドはその後、なしのつぶてかい?」

ティファはカップを並べる手を止めた。
唇を軽く噛んで、頷く。

何故か無理矢理シドに連れてこられたヴィンセントは軽くため息をついた。

ティファは椅子に腰掛けて、右足をぶらぶらさせた。
ぽつりと、誰に言うことなく呟く。

「・・・大丈夫だよね。
 クラウドならきっと乗り越えられるよね・・・?」





いつの間にかクラウドは湿地帯に足を踏み入れていた。

赤茶に変色した苔を踏むたびにぐじゅぐじゅと嫌な音がする。
一昔前ならこんな場所にはありとあらゆる生物が居ただろうに 今は自分の荒い息とぬかるんだ足音しか聞こえない。
貴重な水を包括しながらここもやはり病んでいるのだろうか?

気が付けば、足首まで泥に埋まっていた。

重い。

けれど思考しない身体はどんどんと進んでゆく。

ふっと突然何の抵抗もなく足が沈んだ。

「!」

感覚が麻痺した。
奇妙な浮遊感が後から遅れてついてくる・・・・・・






水の音がした。

遠くに、近くに、・・・・・・流れてゆく音。

(水中・・・なのか?)
よくわからなかった。
手も足も思うように動いてはくれない。

流れてゆく。

そう感じているのは肉体だろうか、それとも精神体だろうか。

(知ってる)
(この感じ・・・、『ライフストリーム』に似ている)

クラウドは重い目蓋を何とかして開けてみた。
懐かしい色が飛び込んでくる。

(ミドリイロ)
宝石のような綺麗なミドリ。
遠く、深く、どこまでも続く翡翠色の世界。
――――――君の、瞳の色。



「エアリス」

なまえを、呼んだ。
全ての感覚が麻痺しているのに、目頭だけが熱かった。


君を護りたかった。
君をつかまえておきたかった。
でも、なによりも望んだのは。

「そばに、いてほしかったんだ・・・・・・」


どくん、と水が震えた。
クラウドは今度こそ、感じることが出来た。

息づいている星の鼓動。
その圧倒的な生命力。

クラウド自身の悔恨も絶望も哀惜も―――全て凌駕する、その意思。






「かはっ・・・」

我に返ったとき、クラウドはまず呼吸を求めた。
もがいた挙げ句、水面から顔を出すと肺に酸素を取り込む。

衣服が水を含んで重たくなった身体を引きずるようにして あがった。

(こんな処に湖があったのか・・・)

さっき視た鮮烈な翡翠の世界は幻覚だったのかもしれない。
クラウドの前に広がる湖面は赤黒い藻に覆われて陽の光りすら反射しない。
べったりと身体中にこびり付く藻を剥がしながらクラウドは泣いていた。

そうして自分の姿が雨の中で捨てられて、汚れてしまった仔犬のように 思えて泣き笑いになった。





「なあ、ティファ」
シドが言いにくそうに所在なげにしているティファに話しかけた。

「“クラウドなら何もかも乗り越えてくれる”って期待するのは酷だと思うぜ」

どうして?
そんなふうにティファが非難めいた視線をシドに向ける。
困ったようにシドは頭を掻いた。

「哀しみを克服し得ない時もある」
その日、初めてヴィンセントが声を発した。

「どうにもならない空虚を抱えながら、最後まで生きてゆかねばならないこともあるのだ」





老女は足を止めた。

「おや、こんなところに見慣れない花が咲いてるね・・・」

その野の花にふっと影がかかった。
見上げるとこの間別れたはずの若者が立っている。

老女は若者の顔つきが前回と少し違っていることに気づく。
久方ぶりに柔らかな溜息を漏らして、訊ねた。

「また泊まってくかい?」

若者は頷いて、それから老女の足元を見遣ると薄青の瞳を大きくした。
少し温み始めた風が小さな花弁を揺らす。
老女は動かない若者をじっと待った。

風が、通り抜ける。


「・・・その花・・・彼女の・・・・・・」
[FF7 Index]