―前編―
わたしの屋敷の近くに、古い長屋がありましてね。 亡くなった主人が気まぐれで大家なんぞしてたんですが。 そこで一月ほど前、殺人が起こったのです・・・はあ、ご存じでしたか。 そうでしょうねえ。 若い女性がメッタ刺しで殺されるなんて、新聞も大きく取り上げてましたし。 ええ、ええ、しかも未解決なんですよ。 日本の警察も当てになりませんですね。我が家も多少、寄付なんぞで貢献してるんですが。 いっそ止めた方がいいかも知れませんわ。 ・・・おや、話が逸れてしまいましたね。 本題はここからなんですよ。 取りあえず、殺人の起こった部屋はそのままにしてるんですが ・・・最近、長屋の住民から陳情が来ましてねえ。 それが、殺された彼女が、血塗れで夜な夜な出没するとか。 信じられますか? 全く馬鹿馬鹿しくて聞く耳も持ちたくなかったんですが。 なにぶん、事件が解決してませんし、これ以上の騒ぎも真っ平になりまして。 こうして貴方にお願いしてるわけですよ。 ・・・は? わたしですか?ふぁふぁふぁ、信じちゃいませんよ幽霊なんて。 一番怖いのは生きている人間ですとも。 そう思われませんか?探偵さん。 何ですか? 僕忙しいんですよ・・・え?ああ、殺された彼女のことですか・・・・・・ 警察にも散々話したし、もう思い出したくないんですが。 僕ね、口頭試問控えてるんです、今夜も徹夜ですよ。 え?ああ、こう見えてもね一応大学生なんです。入試に落ち続けちゃってね・・・やっと ここまで来たんですよ。 ・・・そう、彼女ね。 綺麗な娘(こ)でしたよ。色が白くて、背も高くてね。 笑い顔もかわいくて。 でもさあ、日頃何してるんだか解らないんだよね。 金回りは良さそうなのに働いてるって感じもなくてさ。 昼間はともかく夜にも来客があったり。 うん、うん、あの夜さあ・・・いつものようにこのスタンドだけ点けて 勉強してたんですよ。僕、成績芳しくないんだよね。 それで、隣の彼女もまだ起きてる気配があったんだよ。 ・・・ってゆーか、彼女以外に誰かが居る感じで。 それで、いつの間にか僕、うとうとしてたんですよ。そしたらさ。 いきなりがたん、って音がして。それきりすっかり静かになった。 ・・・どうにも気になりましてね。 様子を窺いにドアの前に来てみたら・・・強烈な血の臭いがしたんだ。 この長屋さ、ボロだから物音も筒抜けだったんだけど、 建具の隙間も多かったんだね・・・・・・ は!?ど、どうしてそんなことを訊くんです!? ・・・はい、そうですよ、彼女のこと、実は気に入ってました。 彼女の部屋に訪ねてきた人物は結構覚えてますよ。 ここ、この小窓からね、こっそり観察してたから・・・はっはっはっ。 ん?幽霊? 僕はね、見たことないんです。不思議なことに。 あっちが避けちゃってるのかなあ・・・・・・ はい、そうですよ。 彼女はよくこの店にも来てました。 え?あ、そこまで調べてるんですか。 そうですよ、彼女とは以前別の店で一緒に働いてましてね。 ある日、突然仕事を辞めちゃって。 今の店に顔を出してくれた時はそりゃもうびっくりですよ。 ・・・もっと以前からの知り合いだろうって? ・・・・・・・・・ やなお人ですね、どこから調べたんですか? そう、その通り!あたしは彼女が小さい頃をね、知ってますよ。 訳はまだ言いたくありませんね。ご自分でお調べになってくださいよ。 ―――ええ、幾度か彼女の部屋は訪ねましたよ。 生活に困ってないか、とか思いましてね。だけど平気だって言ってました。 ・・・・・・いい子だったのにねえ・・・・・・・・・ ・・・何?こんなとこまできて。 ・・・うん・・・知ってるよ、あのお姉さん殺されたんだってことは。 そうだよ、時々いろんな物を恵んでくれたな。 どうしてかはわかんない。可哀想に思ってくれたんでしょ? あたい? 以前ココに済んでた浮浪者に拾われてね。 その人が病気で死んでからもココを使わせてもらってる。 えへへ、雨風が凌げれば良いんだよ。 幽霊? うん、見たよ。 ・・・・遠目だったし、確かに血塗れみたいだったけど 顔が分からないようにしてある感じで。 イタズラだと思うけど? この間ケーサツの人にも言ったんですよ。 殺された彼女は確かに幾度か占いました。 ええ、ええ、最後に占ったのは二月以上前です。 占いの結果がまずくてね、難癖つけられたのもホント。 だけどね、仕方ないじゃあありませんか。 占って、良いことばっかりじゃあないでしょう? 何を占ったかって? ふふ、営業秘密ですよ。 ・・・・・・ちょっと!なにするんです!?いたっ、離してくださいよっ!! 畜生、そうですよ。アタシの本来の仕事は強請りですよ!! 全く油断ならない男だね――――――! あら?煙草? アタシにも頂戴。 ・・・アナタ知ってる? ここ最近貿易の仕事で急成長した会社。 そう、其処の社長がね、どうやらあの娘のパトロンみたいでさ。 アタシこれでも占いの腕は悪くないのよ? タロットの暗示は意味深長で面白いしね。 あの娘からもしかしてその社長さんの弱みでも掴めるかと思ってサ、 結構親切に占ってやったワケ。 だけど彼女が気にしてるのは自分の身内のことばっかでさ。 ああ!!でもね、それなりにネタはあったんですよ。 あの娘の住んでる長屋の大家で、金持ちのばあさんがいるでしょ? あのばあさんは彼女と何らかの繋がりがあるとアタシは睨んだね。 探りを入れようかと思ったらあの幽霊騒ぎでね、いろいろ支障が出ちゃって。 ―――ねえ、ニイサン、いい儲け話はないかい? こんな時間に来客というから誰だと思えば・・・・・・ 君は探偵だそうだね。 よく私の館を探し当てたものだ。 ・・・警察ですらあの娘の事件で私の元へは辿り着かなかったというのに。 ああ、そうだ。 再々あの長屋を訪ねた。 パトロン? はは、そんな風に言われてたのかね。 まあ、外れとまでもいかないだろうね。 私とあの子は親戚でね・・・、叔父にあたる。 何故あの子が亡くなった時に名乗りでなかったかって? むう・・・一言では言えないな。 結構複雑でね。 私の家は元々華族といわれるものだったんだが財政的に厳しくてね、 私が子供の頃には身分どうこうの話じゃなかった。 その日を食べていくのにも必死だったよ。 三十過ぎて興した事業がここまでになって、華族という肩書きもまあ、悪くはないと 思ってはいるが。 話が逸れたね。 何?君の依頼人はあの老女なのか!? ・・・私の知る全てを語るべきか? 君のような人間は、だが私は初めてだ・・・うむ、腹は決めた。 私はきっと誰かに語りたかったのだ。その誰かを、君に決めよう。 殺された娘の父親は私の歳離れた兄だ。 そして、母親は・・・・・・・・・ |