―中編―

依頼人・財閥の老女


おやおや、どうなさいました、こんな朝早くに・・・。

ふむ。
そのお顔。
何か有ったのですね・・・。

よろしい、お話を聞きましょう。




ええ、彼の名は知っております。
ここ最近急に伸びてきた貿易会社の社長ですからねえ。
なんですと?
彼が、あの、娘と血縁関係にあると?
自分の口から、そう言ったのですか。

・・・・・・・・・

ええ、ええ、貴方のおっしゃりたいことが漸く理解できましたよ。
わたしの知り得てる事実も、語らねばならんのですね。

ふぉふぉ、こんな筈ではなかったのですがのう。
わたしはただ、あの娘が本当に化けて出るのなら、その理由が知りたかっただけなのです。
あの娘が、生きようが死のうが、わたしには関係はなかった。
それでもやはり、あの娘はわたしにとってとても気になる存在だったのは 間違いありませんのです―――







さて、どこから話せばいいのですかの。

あれはまだわたしが青臭い娘の頃でしたよ。
それなりの格式のある家で生まれましたのでね、気が付けば許婚の男性が決まっていまして。
面白いことに、幼なじみでもあったわたしたちは 親に決められたからではなく、ちゃんと恋愛をしておったのですよ。

・・・それは幸せでしたよ。
こんな婆になっても、あの頃のひとつひとつの思い出が忘れられません。

ところが、その許婚の家が事業に失敗しましてね、
あれよあれよという間に没落してしまいまして。
遂に婚約もご破算、という形になってしまいました。
・・・なに、昨今こうしたことは珍しくもありません。

ですが当時のわたしには相当のショックでしたねえ。
あっさり他の男性と結婚させられても未練たらしくずるずると幼なじみを 忘れられずに・・・・・・

それでも月日は残酷でやがて一人娘を授かり、主人の仕事も順調に進み。
青臭かった娘の頃の傷みも薄れてきた時でした。



―――ああ、言いたくないですねえ。
元々依頼したのはこんな話をするためじゃあないんだけど。
あなた、あの男からも依頼を受けたんでしょう?
ふぉ、そうあっさり認められては拍子抜けですわ。



わたしの娘は、若い頃のわたしそっくりに成長しましてね。
ただ従順なところは微塵もなくて。
やたら焼け石を拾いたがる危ないところがありました。
そんなわたしの危惧は、やがて怖ろしい形になって現れたのですよ。

我が娘は、いつの間にかある妻子持ちの男と通じてしまったのです。
・・・その男はかつてわたしの愛した、幼なじみであり、許婚であった男だったのですよ。



ああ、ああ、皮肉なんてもんじゃないですよ。
わたしは怒りやら嫉妬やら恥辱やらでもう、半狂乱になってしまいまして。
我が娘が、彼の子種を身籠もったと知った時に とうとう娘を勘当して、追い出したんです。
既に主人は亡くなったあとで、わたしを止める者もいませんでしてね。
娘もかなりの強情っ張りで、そのまま行方を眩ませてしまったんですよ。



それからはひたすら金を儲けてきました。
豊かな資金、大きな屋敷、有り余る使用人。
そして止まらない、老化。
こんな婆になった時、あの殺された娘が現れたのです。

わたしの、孫が。





被害者の顔見知り・カフェの女給


何よ。叔父さんたら、そんなにベラベラ喋っちゃったの?
ふう―――――



あの殺された娘(こ)ね、あたしとは異母姉妹ってヤツでさ。
そうそう、いろんな事情を親父から聞いた時にはさすがのあたしも卒倒しかけましたさ。



・・・いつだったっけねえ? あの娘の母親がウチに転がり込んできたのは。
誰にも頼れずに、彼方此方転々として、体壊しちまってさ、最後にうちの親父を頼ってきたんですよ。
小さな女の子抱いてて。
そう、それがあの殺された娘(こ)。
そうして親父を頼った後にあっけなく亡くなっちまってさ。

ふふ、あたしの母親も随分と人が良くてねえ。
なさぬ仲のその子供をわが子同様に育てようとしたんです。

でもね、結局ウチは貧乏が底を着くかと思うくらい貧しくてさ。
両親が事故で一緒にお釈迦になると、とうとう一家離散の散り散りばらばら。
あたしや他の兄弟は親戚に引き取られ、 あの娘(こ)はウチの父の弟である叔父にね、引き取られたんですよ。

そうそう!
今じゃ大会社の社長さんだもんね。
そんなに頼るつもりもないから顔も見せちゃいないんだけど。

あの娘(こ)とばったり前の店で再会した時はビックリしたねえ。
どうして働くのか、って聞いたら 叔父の家にはもう住んでないって言ってさ。
探し人がいるから、自分の力で見つけたいって。



・・・はああ。

探し人ってあの婆さんのことだったのかしら?
色々あったからか、肉親にやけに執着してるトコがあったんですよ。
ウチの親も、叔父も、一切余計なことは喋ってなかったんだけど。

殺されちまうなんてね。
いい娘(こ)だったのに。



あ、前にも言いましったっけね・・・・・・・・・





スーツ姿の中年男性


あの老女はやはり快く思ってはなかったのか。
ふむ。
仕方ないことだろうな。

私は何度かあの娘(こ)の部屋を訪ねては、この家に戻るように説得した。
あの老女はそれでもかなりの権力を持ってるし、 正直ゴタゴタは面倒だしな。
あれだけの器量だし、いつかは正式な養子にして、私は何不自由ない結婚相手を決めてやるつもりだった。
・・・なのに彼女は頑として首を縦に振らなくてね。



―――誰があの娘(こ)を殺したのか。
私は知りたい。



ふっ、そうだよ。
私はあの老女を疑っている。
自分の娘に嫉妬して、追い出したんだからな。
さぞ激しい気性の持ち主だろう。

あの娘(こ)は、そういった人間にとっては苛々する存在なのだよ。
優しすぎて、全ての人間を受け入れようとする。
それが出来ない者にとっては、あの娘(こ)は妬みの対象になりかねない。

・・・そう、あの老女のような人間にはね。





占い師


あらあ!!
また訪ねてくれるなんて嬉しいじゃあないの。

へえ?
彼女のことについてまだ調べてるんだ?



はあ?
彼女の占いの中身を詳しく?

・・・ま、いいけどサ。
その代わり酒の一杯でも奢ってよ。





よく訊いてきたのはふたつあるんですヨ。

ひとつは、あのババアのこと。
家族についてどう思ってるのか、今はどんな生活をしてるのか。
ふたつめは、離ればなれになった双子の妹のこと。
生きてるのか、死んでるのか。
一体何処にいるのかって。

え?
ご存じなかったんですか?

居たらしいですよ、妹が。
ちっちゃい時に別れ別れになって、それ以来消息不明だって。

なんだか金になりそうもないんで適当に占ってたんですけど。
大丈夫、生きてます、きっと会えます――――――なあんてね。



あ!そうだ。
あの隣の大学生?だったかしら。
彼奴は危ないわよ。
彼女を見る目が尋常じゃなかったわ。
彼奴さあ、彼女の部屋の合い鍵持ってると思うわよ。
ふふん、そういうのには賢(さと)いんですヨ、あたしは。


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