ぼろ雑巾。
今の弥彦の姿は、まさしくその形容がぴったりだ。
(マジで容赦ねえし)
望んだのは、自分。
それに応えたのは、薫。
申し分のない、願ったり叶ったりの特訓。
不平不満など勿論ない。
ただ。
(薫…あいつはもしかしたら剣心の比古師匠よりおっかねえかも…)
剣心からすれば、薫を比古と同じ水準で語るなど とんでもないことであったろうが、何分弥彦は見聞でしかその恐怖を知らないのだから、 無理もない。
「あいてて…」
身体中が悲鳴を上げている。
普段使わない筋肉まで総動員しているせいか。
(人を活かす剣、か)
弥彦の脳裏に、剣心と抜刀斎の姿がゆらゆらと重なって、そして離れてゆく。
これほど、極めるのに難しい“剣”があるだろうか。
(剣心は、過去に血塗られたその手で、今は守る)
(薫は、違う)
(俺も、違う)
剣心と巴は、彼らのその“剣”を。
薫と弥彦は、また違う“剣”を。

「難しいよな…」

ぼそりと零れたその言葉に、揺るぎない意志を感じ取った者は。
まだ、その夜には居なかった。


「虫が鳴いてますね…」
障子の向こうへ視線を投げかけ、巴は独り言のように呟いた。
「興梠(こおろぎ)かな。
 まだ蒸し暑いっていうのに」
夕餉の膳はすでに下げられていて、剣心と巴は久方ぶりにふたりきりで 小さな虫の音色を楽しむ余裕を持った。
「思ったより食べてくれて、恵殿も安心してたな」
「それほど柔じゃないですよ?
 あなたと連れ添ってどれほど経ったと思ってるんですか?」
くすりと笑う巴が、ふいに愛おしくて。
剣心は彼女の頬にかかる黒髪を、そっと掻き上げる。
「うん、長くて、あっと云う間だった」
ほんのり冷たい剣心の指を、肌で感じながら。
巴はその白い頬を剣心の指に僅かに寄せる。
「―――まだまだですからね。
 長くて、そして短い時間(とき)を……ふたりで…」
巴の真っ黒な瞳に、剣心のやや赤い影が揺れる。
おそらくふたり以外の人間にとっては短い、と思うかもしれない。
けれど自分たちにとっては、その凝縮された深く濃密な時間(とき)は、 けして短くはないだろう。
「…君は、ほんとに」
びっくりするほど、俺を幸せな気持ちにさせる。
ふっ、と嬉しそうに剣心は唇を綻ばせ、そしてゆっくりと巴にくちづけた。
静かな空間に、やがて湿った音が小さく響く。
舌を絡められ、吸われ、深くなってゆくそれに絶えきれず、自分の身体を支えていた 巴の左腕が畳の上にがくりと折れた。
それに気付いたはずの剣心は、お構いなしにそのまま巴の口腔を貪り続ける。
「ん…っ、待…」
苦しい体勢をどうにかしようと巴が呼吸の合間に声を出そうとしたけれど、 剣心はやはり聞く耳持たず、のようだった。
まるで、食べられているようだ。
のぼせ上がる頭の片隅で巴は思う。
剣心の右手がするりと懐に入り込み、直に乳房に触れようとした。
「あ、」
吸われ続ける唇から、言葉は繋がらない。
左胸の尖りを幾度か掠ると、不意に強く摘まれる。
「ひゃ、あ、あ」
熱い舌。
熱い手のひら。
…熱い息。
目まいを起こしそうだった。
(狂う)
何度でも、貴男に狂う。
出逢った頃はそれが怖かった。
現在(いま)はその狂気が、獣のような荒ぶる歓喜に変化する。
つ、と剣心の指先が巴の古傷を辿った。
そしてそのまま彼女の下肢へと滑らせてゆく。
まろやかな臀部を、剣心は何度も手のひらで味わった。
「あ、あ、」
頬が熱い。
ぎゅっと巴は目をつぶる。
「あ…ん、ん!」
声が抑えられなくなる。
いつの間にか大きく開かれた己の脚に気がつくが、剣心の唇と舌はそのまま大腿を ゆっくりと滑り降りていた。
「こんな…恥ずかしいです…んんっ」
形ばかりの抵抗は気にしない。
はだけた着物から、白い両肩が眩しく見える。
もう少しで愛らしい乳房も見えるのに。
そう気付くやいなや剣心は巴の足の間から、ぐっと身を乗り出すと 更に着物を引き下げ、そのまま胸の尖りに噛みついた。
「ひゃ…うっ!」
巴が大きく仰け反ると、豊かな黒髪がはらはらと舞い散ってゆく。