「とにかく、葵屋に戻って爺やとよく話して」
操は腰に結んだリボンをひらひら揺らしながら、 やや自分の数歩ほど後を歩くふたりに、声を掛けた。
「・・・そうだな」
あれほど渋っていた剣心は、今朝は意外にもあっさりと頷く。
(やだ、素直じゃない。
 これも巴さんのおかげ?)
ふふ、と意味ありげに笑いながら
くるりと操は背を向けた。
そこでふと気づく。
「あれーそういえば縁くんの姿がないけど・・・」
「あの子は、あんまり団体行動を好まないから」
少し困ったような、そんな笑顔で巴が答える。
「そうねえ・・・そう云われればそんな感じだけど」
「アレはアレで、忙しいんだろ」
ぼそり、と剣心が呟いた。
気のせいか半眼開きになっている。
(あちゃー、“アレ”呼ばわりなんだね・・・)
どうやら操も、剣心と縁の仲の悪さに気づいたようで、 それ以上その話題には触れないことにした。
はあ、とこっそり嘆息して。
剣心は隣で肩を並べる巴を窺う。
彼女は操の勧めの通り、葵屋へ行くことを決め。
蒼紫と関係のある彼らの拠点は危険だと、反対していた 縁を押し切った。
(・・・覚悟しろ、ということか)
折れた逆刃刀。
蒼紫に会いたい、と強く願う少女。
志々雄の、脅威。
(確かに、関わるな、では済まないし)
軽やかに先を行く操の後ろ姿を。
巴はとても優しく、そしてどこか哀しく。
そんな瞳で見守っている。
剣心はそれを確認して、小さく肩を竦めた。



「着いたー!白べこ!!」

一晩旅館に泊まった挙げ句、やっと妙の実家である 白べこに薫と弥彦は辿り着いた。
気の優しくて陽気な妙とうりふたつの冴と出逢い。
薫もどこか安心したような笑顔を浮かべている。
(性格も似てるよなー、さすが双子)
楽しそうに喋る薫は、多分旅の間ずっと持ち続けていた緊張の糸が ぷつん、と切れたかのように“少女”の表情(かお)で、 しゃべり続け。
弥彦はそれを安堵しながら見つめていた。
(剣心を見つけるのは難しいかもしれねえけど、 とりあえず薫が一息つけたことだし良しとするか)
そして自分もかなり疲れていたのだろう。
すっかり固くなった筋肉をほぐしながら、弥彦は 昨日の出来事を思い出す。
雑踏で擦れ違った、蒼紫の姿を。
(この、京都に四乃森蒼紫・・・いやな予感がする。
 絶対に剣心を見つけないと)
薫は蒼紫に気づかなかった。
この時ほど、薫が蒼紫の顔を知らないで居てくれたことに 感謝したことはない。
(ただでさえ、いろいろあって参ってるみたいだったし。
 立ち直ったっつっても油断出来ねえ)
その時、意気投合したのか、くるりと薫と冴は弥彦の方へ振り返った。
「何か食べる?」
弥彦はこくりと大きく頷いた。



「緋村くんの奥さん!?」
翁はひょーっと口を大きく開けて、驚きを隠さずに剣心と巴を眺めた。
「いや、愛妻がおるっちゅーことは知とったが。
 これほどの美女とは・・・!」
歯に衣着せぬ物言いに、巴は頬を赤らめて俯いた。
そういった風情も実は男としてはぐっとくるもので。
明らかに翁はそれを計算しているようだ。
「もう爺やったらやめなさいよ、下品だから」
ぐいっと翁の顎髭を引っ張り、操がたしなめる。
ひょひょひょ、と笑いながら痛いと翁は喚いた。
つくづく面白い人物である。
「緋村もやっと葵屋のこと信頼してくれたみたいだし。
 ここは元お御庭番衆のお頭としてビシッとしてよ〜」
翁は、その操の言葉を聞いて破顔した。
ちらと巴の顔を見遣り(さすがじゃ)と嘆息する。
操を、葵屋を志々雄との闘いに巻き込みたくない、と剣心は云った。
だが巴は、それを覚悟した上で自分たちを頼れ、と 諭したのだろう。

さすが、人斬り抜刀斎だった男の、妻だ―――

「・・・そうか、そうか。
 では張り切るかの」
ひょっひょひょっ、と高らかに笑って。
翁は顎髭を撫で上げた。
剣心と巴は目を合わせて、苦笑する。
翁はああしていても、どこか喰えない印象があった。
蒼紫のことも、翁だけには事情を話してある。
抜け目なく、しかし情に厚い人物。
剣心は心の中で翁のことをそう評した。
京都(ここ)で、翁は。
彼らに尽力してくれる貴重な人間になるだろう。



「新井赤空と比古清十郎?」
操はことりと首を傾げてその言葉を反復した。
巴はにこりと頷くと、そのあえかな唇を開く。
「新井赤空さんは、緋村の逆刃刀を打った刀匠。
 比古清十郎さんは、緋村の剣の師匠です」
大きな瞳をさらに大きくさせて、操は「へええ〜」と 感心したように唸る。
「緋村が爺やに捜索を頼んだのが、 そんな重要人物だったんだ!」
「新井さんとは逆刃刀を譲り受けて以来、会ってないようですし。
 ・・・比古さんはおそらく京都でしょうけど、 どこの山にいらっしゃるのか・・・」
操は、困ったように頬に手を当てる巴を見た。
「やま!?
 比古って山に居るって決まってるの!?」
「はい」
簡単に答えてにっこり笑う巴に、どこからそんな自信が、とは 操には何故か問えない。
「え、ええっとまあ、その辺の山を探せばいいのね。
 だ、大丈夫、すぐにふたりとも見つかるわよ!」
「そうですね、そう祈ってます」
「で、新しい刀のためにその新井さん?を探さなきゃって いうのはわかるんだけど、なんで今頃師匠なの?」
巴はなかなか冷静な操の分析に感心しながら、 答えた。
「・・・まだ、やり残した修行があるのでしょう」

それは『奥義』だ。
最強の剣といわれる、飛天御剣流の『奥義』。
しかし巴はそのことの明言を避けた。
おそらく、『奥義』の他に剣心が得なければならないものが あると。
―――そう感じていたから。

「へええ!
 じゃ、緋村はもっと強くなるんだねっ」
「・・・どう、でしょう?」
巴は曖昧に微笑む。
強くなる、それだけでは駄目なのだろう。
だから剣心は比古に会うことを決めたのだ。
「あ、でもそーゆーの、不安かな?」
明るく声を上げていた操が、一転不安げに考え込む。
「なんかねー、蒼紫さま見ててそんな風に 感じたことがあるんだよねー」
のんびりとした語尾だが、その瞳の翳りは深い。
まだこんなに若いのに、と巴の胸の奥は切なくなった。
彼女はまだ蒼紫と剣心の間に起こった出来事をまだ知らない。
翁が自分で話すと決めた以上、剣心や巴が 口出しすべきでないこともよくわかってはいるが。
(この子は、たぶん・・・)
真実を知って、悩んで悩んで壊れそうになって。
それでも、この少女は。
(“四乃森蒼紫”という存在をちゃんと受け止めるだろう)
おさげをゆらゆらさせながら、操はどこか遠くを ぼんやり見ている。
その先に居るのは―――

「・・・そうですね、緋村が奥義を得ることに不安や 戸惑いはあるけれど」
くるん、と操が振り向いた。
「それでも、傍にいたい、と思います。
 今まで以上に・・・」
操はまだ不安そうに目蓋を瞬かせる。
「ほんとに?
 それで緋村がどっか変わっちゃうかもしれないのに?」
「ええ、そうですよ」
相変わらず巴は穏やかな表情をしたままだ。
ほう、と長い息を吐いて。
「いいなあ」と呟いた。
どうしたら自分は巴さんみたいに自信が持てるようになるんだろう?
もっと、もっと、いい女になりたいなあ。
「だってね、操さん」
巴は膝を折って、まるで悪戯っ子のように、俯いた操の顔を覗きこんだ。
「わたしは本当の緋村を知っているから。
 誰よりも、一番。
 もしかしたら本人よりも」
「・・・え・・・」
「だから、離れられないの」
くすくす。
子どものような無邪気な顔で、巴はころころと笑いを零す。
瞳をキラキラさせながら、尊敬の眼差しで操は巴を見つめた。
「すごい・・・!そんなこと云えちゃうほど熱いんだね!!」
「いいえ、そんなことを意地で云い張るくらい、 傍に居たいんですよ」
「・・・」
ぱちぱちと操は何度か瞬きをした。
目の前で優しく笑う女性の、先ほどの言葉を胸の中で反芻する。
「巴さん―――」
「はい?」
「欲しいものは取る?」
「はい」
「手を繋ぎたい時は繋ぐ?」
「はい」
「・・・大切な人は、抱き締める?」
「―――はい」
少しずつ頬を赤くしながら、それでもだんだんと操の表情は 明るくなった。
へへ、と鼻の頭を擦りながら。
照れくさそうに笑い返す。
「そっか・・・!」
吹っ切れたように笑う、操は驚くほど 愛らしく見えた。
「そっか!うん、あたしは」

蒼紫さまが大好きだから

「・・・あたしは、あたしだもんね」
よし、と勢いよく立ち上がり操はぐっと背を伸ばした。
「ありがと、巴さん。
 なんかすっきりした!」
「そう、ですか?」
普段と同じように快活に喋る少女に、 巴は柔らかな笑みを向ける。
「うん、上手くは云えないけどそう思える!」
てへへ、と操は笑いながら階下に居るはずの剣心と翁の様子を ちらりと窺った。
「どうかされましたか?」
「うん、たぶんね、見つかったんじゃないかな?」
「・・・」
「緋村の、探し人」



「新井赤空は、八年も前にこの世を去っておる」
「・・・」
翁の言葉に、剣心は目を瞠った。
(殺しても死にそうになかったのにな)
大柄で、大胆で、どこかしら師匠に似た雰囲気を持っていた。
赤空が去りゆく己に渡した逆刃刀。
彼は一体何を思い、この刀を鍛えたのか。

―――餞別だ、その剣でおまえの大事な女性(ひと)と一緒に、 その甘い戯れ言を云い続けてみろ―――

(赤空殿・・・)
翁は懐かしさと哀しみの混じった剣心の瞳をちらりと見遣り。
そしてゆるりと腕を組む。
「じゃが情報に寄ると赤空には全ての技術を伝授された息子が ひとりおる」
小さく息を呑むと剣心は折れた刀の鞘に触れた。
「そうですか・・・彼の息子が健在なのですね」

あの頃。
赤空の息子は幾つだったのだろうか?
時折。
本当に時折、彼は自分家族のことを話した。

翁は腕組みを解くとすたすたと先を歩み始める。
それは出かけるという合図だ。
「息子の名は新井青空。
 彼ならば新しい逆刃刀を作れるやもしれぬ」



「・・・朗報をお待ちしてます」
巴は柔らかく微笑み、軽く頭を下げた。
「ああ―――」
剣心はどこか困ったように頷き、きびすを返す。
まだ旅の疲れの残る巴を葵屋に残し、 翁と操そして剣心は新井青空を訪ねることになったのだ。
「あの、」
遠ざかろうとする背中に、巴が声を上げた。
足を止めて、振り返る剣心に。
巴は小さく頷いてみせる。
「・・・待って、ますから」
「・・・うん」
微かにはにかんだ剣心を、翁は横目で盗み見る。
(アツイのぉ〜)
こっそりヒゲを撫でながら笑う。
(あの“人斬り抜刀斎”が、のぉ〜〜)
驚きだった。
この目で見るまで信じられなかった。
(長生きはしてみるもんじゃい)
翁は本当に愉快そうに、頬を緩めた。



「無理だな」
剣心たちが発った後、巴が過ごしている部屋に忽然と 縁は現れた。
こういうことは再々なので、巴は既に気にも止めないが、 元隠密御庭番衆である白黒たちの目を 掠めているのだからたいしたものである。
「無理って何が?」
巴が座したまま上目で問うと、縁はやれやれといった顔をして 答えた。
「新井青空、だ」
「・・・それはどういう意味なの?」
「そいつが作るのは、包丁や農具といったものばかりだからさ」
僅かな時間でよく調べている。
巴は小さく息を吐きながら、感心したように縁の顔を見た。
弟のもたらす情報はいつもほぼ間違いはない。
つまり。
「―――新井青空という方は、刀は作らない?」
眼鏡をかけ直しながら、縁はくくっと喉を震わせた。
「むしろ、刀ってやつを憎んでるようだな」
「そう・・・」
僅かに眉を顰めて、巴は相づちを打つ。
何故だか剣心に逆刃刀を渡したという、赤空の姿が脳裏に蘇った。
縁は柱に預けていた背を起こし、巴のそんな様子を見据える。
「青空は、赤空を嫌ってるようだ」
「・・・それ、は」
「家族を顧みないで、刀を鍛えてたんだろ?」
「そうと聞いてはいるけれど、でも」
「でも?」
巴は小さく首を振りながら、目を伏せた。
「でも、それは。
 赤空さんの本当の心が。
 ・・・青空さんに届いてないだけだと思うの」
はあ、と息をひとつ吐くと、縁はどさりと腰を下ろす。
「真実、ねえ」

ひとことで云うのは軽い。
だが隠されたそれを知ることは困難だ。

縁は己の過去を振り返り。
そして姉へ振り返った。
「確かに、姉さんは“真実(ほんとう)”を 手にしたから・・・こうして生きている」
「縁・・・」
「まあ、何を“真実(ほんとう)”とするのかは、 人それぞれなんだろうがな」
ぽり、と頭を掻いて縁はすくりと立ち上がった。
それをみて、巴が名残惜しそうに声を掛ける。
「もう行くの?」
「幾つか気になることがあるんで、確かめる」
「またいらっしゃい・・・今度は玄関からね」
「考えておく」
「・・・」
絶対玄関から来ない。
巴は確信した。
(天の邪鬼っていうのかしら? 小さな頃から変わらないわね)
くすりと小さく笑う巴に、背を向けている縁は気づかない。
縁はからりと障子を開け放つと、 ひらりと飛び降りた。
律儀に靴を外で履き直すのは、 巴の躾の賜物である。
姿勢を正して、縁はひらひらと巴に手を振った。
にこりと微笑みながら、巴も小さく振り返す。
猫のように走り去る弟を見送りながら、 巴は新井青空の元へ向かった剣心を思った。
(・・・少し、厭な感じがする・・・)



巴の予感は結局当たっていた。
青空が断ったことはともかく、 その後に志々雄の手の者が現れ。
そして。

「逆刃刀・真打―――」
あちこち傷を作って帰ってきた剣心の手には。
赤空の遺作とも云うべき刀が握られていた。
「本当に、あの人にはいつも驚かされるな」
剣心は苦笑しながら、懐かしげに目を細める。
巴は指を伸ばして、その刀身にそっと触れた。
(どんな思いで・・・)
彼はそれを作ったのか。
彼はその影打を剣心へ渡したのか。

―――やってみろ

―――その戯れ言を貫いてみせろ

「俺もそうだけど、あの人もかなりのバカだよな」
剣心は愛しげにその刀を見つめる。
巴はその言葉に込められた想いにそっと瞳を伏せた。
かしゃん、と金属の音が響く。
剣心はまだ鞘のないその刀を握り、凝視した。
「この真打と、君の言葉に――― 今回は救われた」
「あなた・・・」
剣心は顔を上げると、ふっと自嘲めいた笑みを浮かべる。
「まだ“抜刀斎”は俺の中に居る」
「・・・はい」
「完全に出ることはない。
 けれどほんの僅か―――この手に、この指に、 感じる時があって。
 それは、決まって俺が苦しい時だ」
巴はただ身動ぎもせず、剣心の言葉に耳を傾けている。
剣心は己の右手を握ったり開いたりしながら、 独り言のように続けた。
「今日も俺は“抜刀斎”に引きずられそうだった。
 けれどそんな時はいつも君の声が聞こえる」
「わたしの?」
「そう、君の声が」
「・・・」
「待ってる、って。
 だから自力で、戻ってこいって」
巴の瞳が小さく瞠られた。
剣心は照れたような困ったような表情をしている。
「優しいけれど、厳しいって思うんだ。
 俺の犯した“もの”を消すわけでなく。
 なのに怯むわけでもなく」
「わたしは・・・あなたの全てと共に生きると、 そう決めてますから」
「―――ありがとう」
剣心は嬉しそうに微笑み、それから やはり気恥ずかしいのか俯き加減になった。
巴はそっと剣心の頬にかかった一筋の髪を掻き上げる。
「青空さんは・・・逆刃刀をあなたが振るう、その意味を わかってくれたのですね」
「うん、たぶん」
「それだけでも、赤空さんは喜んでらっしゃると思います」
剣心はふと赤空が喜ぶ姿を想像しようとした。
が、どうしてもぶっきらぼうで言葉足らずな赤空しか 浮かんでこない。
「むしろ何回り道してるんだって、どやされそうだな」
独り言に近い剣心の言葉に、巴も同意してくすりと笑った。
「・・・あの方はいつも怒ってるか関心がないか、ですから」
「はは・・・」
するりと愛用の鞘に、真打ちを収め。
剣心は「それから」と言葉を続けた。
「操殿にもとうとう抜刀斎のことがばれたよ」
「いつかは、とは思ってましたが。
 ・・・操さんは何か云われましたか?」
うーん、と剣心は難しそうな顔をしたが、 やがて諦めたように息を吐いた。
「“あの時”、俺もギリギリだったから良く覚えてないな。
 たぶん驚いていたと思う。
 こっちに帰ってからは、ちゃんと顔を合わせていないような・・・」
「そう、ですか」
考えてみれば、巴自身も剣心たちが帰ってきた時ろくに 操と口を利いてはいない。
よく思い返せば、操はどこか固い態度だったような気もする。
「京都は東京と違って、抜刀斎にはまだ敏感かもしれませんね」
「・・・」
「でも大丈夫ですよ」
巴はにこりと笑うと、剣心の右手に己の手を重ねた。
「大丈夫、操さんはきっともう知っています。
 あなたのこの手の・・・真実を」
剣心は軽く目を伏せ、小さく微笑んだ。
「操殿は、確かにそんな子だと俺も思うよ」
その時、ばたばたと二階へ駆け上がる音がした。
「緋村!わかったよ、比古清十郎の行方が!!」
操は普段の通り元気よくお下げを揺らしながら。
向かい合っている剣心と巴の横に立った。
「巴さんの云ってた通り、とある山に居たんだって!」
剣心が変わらぬ態度の操に、心の中で安堵しながら、 「山?」と耳に引っ掛かった単語を、巴に聞き返す。
巴はああ、といった表情をして答えた。
「比古さんは山奥でひとりの生活がお好きでしょう?
 京都から離れる様子もありませんでしたし、きっと  どこかの山に隠(こも)っておられるとそう、 操さんに申し上げたんです」
淀みなくそう話す巴に、剣心はちょっと頭を抱えたくなった。

(まあ、当たってるけど)
(山、ってなんて端的なんだ・・・)
(巴って実は直感型なんだろうなあ)

「なあに、ブツクサ云ってんのよ!」
ばん!と勢いよく操の平手が剣心の肩を叩いた。
「ぐっ、げほっ!」
「さあさあ、支度して!
 比古清十郎の元へ案内するから!」
操が元気よく腕を振り上げた時、翁が のそりと彼女の背後から顔を出す。
「こりゃ操、ちょっと待たんか。
 おまえは儂の使いがある」
「えー!(師匠の顔が見たいのにー)」
ひょひょひょ、と奇妙な笑い声で翁は髭を撫でた。
「場所さえわかれば緋村くんたちだけで充分じゃ。
 緋村くん、“後のことは気にせずに”、訪ねるが良い」
ぷうと頬を膨らませる操を無視して、翁は比古の居場所を記した紙を 剣心へ手渡す。
「ありがとうございます」
剣心と巴は同時に頭を下げた。
操はまだふくれっ面で、至極不満そうだ。
「緋村のししょー、山ばっかりに住んでるししょー、 見たい、見たい、見たい!!」
「おまえは買い出しじゃ」
ぼこん、と翁の鉄拳が操の頭の上に落ちる。
「いったーい!爺や横暴っ!!」
「ひょひょひょ」
操の抗議などどこ吹く風、翁は剣心と巴に 支度するように云い、そしてぐずぐずしている操の 首根っこを引っ掴んで奥へ入った。

「仲良し、ですね」
「ほんとに仲が良いなあ」

暫しぼんやりそれを見送っていた剣心と巴は、 やがて互いの手を握り締めて、微笑み合った。
「操さんの態度、変わらなかったでしょう?」
「うん」
「―――翁は、“彼”と操さんのことも引き受けると・・・ おっしゃいましたね」
“後のことは気にせずに”、と翁は告げた。
それはつまり、四乃森蒼紫のことを指しているのだと剣心も 巴も気づき、翁に頭を下げたのだ。
それでも剣心はどこか心配で落ち着かない。
蒼紫の力量を知る分、嫌な予感がしてしまう。
だが今は、己が最終奥義を得ることが先決だった。
「・・・行こうか、巴」
「はい」
「師匠に会うのは、久しぶりになるな」