斎藤篇(後)/11

「お帰りなさい」
深夜に帰宅した剣心を、巴は玄関の前で迎えた。
ちゃっかりその横に義理の弟である縁が居る。
「・・・ただいま」
たっぷり間を置いて、剣心は口を開いた。
巴の姿を見ればすっかり旅支度を調えている。
縁は無表情のまま、彼女の隣で腕組みしてをして、突っ立ったままだ。
眉間に皺を寄せて、じっと剣心は巴を眺めた後。
恐る恐る口を開いた。
「えーと、巴、その格好は・・・」
「もちろん、京都へ行くからですよ。
 今すぐ」
「・・・そ、っか」
困ったように剣心は俯くと、やがてぽつりと「済まない」と付け足した。
何を今更、と巴は小さく首を振る。
「大久保の事件を聞いてから、俺と姉さんで細かい手続きは済ませた」
縁はふたりの会話に割って入ると、淡々と事務的に説明してゆく。
「・・・というわけで、俺の用意した船で姉さんは俺が京都へ送る。
 おまえはどうせ陸路だから、勝手にしろ」
「そりゃどーも・・・」
心なしか剣心は疲れたような返事をした。
「わたしもあなたと陸路を共にしようかと思ったんですが、急ぐとすれば 足手纏いですし。
 縁がそうしろと強く云うもので」
巴がそう云えば、縁は勝ち誇ったような視線を剣心へ向ける。
「おまえも一緒にとは思ったんだがな。
 哀れにもおまえは船酔いが酷いんで、致し方なくこの結論となった」
はっはっはっ!と剣心の耳だけに縁の勝ち誇ったような笑い声が聞こえる。
ついでに剣心の目だけに、縁の背中から真っ黒な“気”が立ち上って見えた。
機嫌悪げにむすりと口を一文字にした剣心の手を、巴が優しく包んで笑う。
「わたしの方が先に着くでしょうけど、ちゃんと待ってますから」
突如、縁の黒の“気”が怒りに染まっていくが、これも 剣心の目にしか見えない。
「ああ、わかった。
 全く君には敵わないな・・・」
ぎゅっと彼女の白い手を握り返し、剣心は微笑んだ。
ついでに縁にも微かに笑ってみせたりすることも忘れない。

いい歳の男たちが、子ども染みたいがみ合いをしている間に。
白々と新しい夜明けが始まっていく――――――
斎藤篇(後)・完
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