上京篇/4
剣心の指が、激しく酸素を取り込もうとしている、巴の唇へ滑り込む。 柔らかな舌を、生えそろった歯を、 まるで形を確かめるかのようになぞってゆく。 ふいにきつく腰を掴んでいた手が、 するりと腹部を通って震え続ける胸を覆った。 「・・・っ、う、ああ・・」 鷲掴みにされたそれは、普段ならば痛みを訴えるほどの力だった。 しかし絶え間なく高みへ押し上げられている今の巴の身体には、 それが快楽の一部に変わってしまう。 「あ!あ!あ!」 ぴたりと張り付いたかのような互いの身体。 共有するかのような、体温(ねつ)。 まるで彼女の心の臓を覆うかのように吸い付く、彼の手のひら。 耳元で、剣心の呼吸が激しかった。 ぎりぎりと歯を噛みしめ、そうして時折「巴」と呼ぶ。 何処かしら、泣いているような声で。 応えようと巴も口を開くけれど、断続的に揺さぶられ、叶わなかった。 (此処に) 湿った音が、狭い部屋に籠もってゆく。 (此処に) ゆらりゆらり、行灯の灯が揺れる。 ふたつの重なった影が、揺れ動く。 (此処に・・・居ますから) ―――泣かないで 「わたしは人の過去なんかにこだわらないわよ!」 剣心を抜刀斎呼ばわりした少女はそう云いきった。 抜刀斎ではなく、流浪人の剣心に喋っているのだとも。 いろいろあって、結局この少女の窮地を救った剣心は、 少女『神谷薫』に、自身が人斬り抜刀斎であったことが知られてしまった。 薫は一瞬驚いたようだが、すぐに立ち直ってこう切り返してきた。 「少しくらい力を貸してくれたっていいじゃない!!」 すごい、と正直剣心は思った。 何も知らないことの強さ。 無垢故の強さ。 時に、理屈をねじ曲げるほどの力を発揮する、純粋さ。 肩を竦めた剣心に、薫はやや上目遣いに訊いてきた。 「でさ、帰る家とか、今あるの?」 「ああ―――」 さらりと答えた時、少女の大きな瞳が揺れたようだった。 だが少女はすぐに明るく笑う。 「そっか、じゃまた遊びに来て! ついでに道場の復興にも協力して! ・・・わたしひとりになっちゃったから」 明るいけれども、根底にある淋しさに。 剣心はゆっくりと首を縦に振った。 上京篇・完 ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |