蒼紫篇(後)/13

恵は玄斎の家に居候することになり。
神谷道場にも平穏が戻った。
そして。
剣心が観柳逮捕に関する仔細を報告するために、家を留守にした日を 見計らったように。
縁が巴を訪ねてきた。
警察筋から割り出した詳細を、縁は隠すことなく 巴に話す。
書類という形に残すことは避けたかったので、 口頭で伝えた。
いささか骨が折れるが、巴に語るとなれば話は別だ。
「・・・最後に四乃森蒼紫が確認されたのは、 富士の樹海の入り口。
 あとはこっちも警察もさっぱりだ」
正座して無表情なまま、巴は「ありがとう」と 小さな声で礼を述べた。
「・・・・・・」
縁は丸い眼鏡のブリッジを押さえて、軽く上へあげる。
巴はゆっくりと軒先の小春日のような日溜まりに、視線を移した。
「彼も、犠牲者なのね」
ぽつりとそう漏らし。
先達ての戦いの時の、剣心の痛みを思う。

維新は多くのものをもたらし、そして奪った。
微塵も後悔はない、とは云い切れない。
けれど自分も剣心も歩んできた道をやり直そうとも、思ってはいない。
ただ、四乃森蒼紫には生きて欲しい、と剣心は願ったのだ。

「力量不足だったと思うがな」
辛辣にそう断じて、縁はもたれ掛かっていた柱から身を起こした。
「それよりも気になるのは四乃森の所縁(ゆかり)の者が 京都にいるということだ」
「京都が気になるの?」
「―――確証はないが、不穏な動きが認められている。
 ただ、それだけなんだけど」
無意識に縁は子どもの頃の口調が滲み出ていた。
・・・京。
自分たちのとってたくさんの、 そして大きな出来事が起こった都(みやこ)。
「わかったわ、気をつけておくわね」
あなたのカンはよく当たるし。
そう云うと巴はふわりと笑った。
「・・・それに、緋村にもちゃんと」
「ちゃんと?」
「反省させておかないと。
 今回のこと」

うわ、やっぱりちょっぴり姉ちゃんは腹を立ててたんだ。
・・・あいつが姉ちゃんの許しなく自分の命を囮にしたことを。

縁の脳裏に幼き日々が蘇った。
優しくて穏やかで聡明な姉は。
―――実はとても厳しい面があった。
それはもう、巴には絶対逆らわない、と胸に固く誓わせるほどに。
(こーゆー時だけは、抜刀斎に同情する。
 あくまでほんの少しだがな)
縁は心の中で溜め息を吐くと、剣心の顔が見たくないからとそそくさと 彼らの家を退出した。

そろそろ、剣心が愛しい妻の元へ帰ってくる頃合いだ。
蒼紫篇(後)・完
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