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杜鵑草/8-1
チチチ、と草叢(くさむら)の虫が鳴く。 すっかりおとなしくなった女が、その音にぴくりと 肩を揺らした。 背中越しに女が何か見つめているのがわかる。 「・・・あれをちょうだい」 「え?」 剣心はよく聞き取れずに戸惑った。 女がまだ濡れている腕を伸ばして、ある一点を指している。 「あの、花を、ちょうだい」 抑揚のない声。 けれど何処かに渇望を滲ませて。 「花・・・?」 剣心は振り返って、脇の草叢を見遣った。 暗闇の中にうっすら浮かび上がる、紫色。 ああ、こんな処に小さな花が群生している。 奇妙な感慨を覚えながら「いいですよ」と剣心は 頷くと女をそっと肩から下ろした。 彼女はすっかり落ち着いた風情だったので、もう 無理に担ぐこともないだろうと判断したのだが、 案の定彼女はしっかりと自分の足で大地を踏みしめている。 ざざっと草を掻き分けて、剣心はその紫の花の群生に近づいた。 たおやかな花を壊さないように、そっと数本手折る。 花弁に無数にある油点が、なにかの模様に似ていた。 (なんだっけ・・・?) 女の元に戻り、その右手を取ってそっと握らせる。 すると紙のように真っ白だった女の頬が微かに赤みを増した。 「これで、いいですか?」 「―――ありがと」 きゅっと痩せ細った指が花の茎を優しく握り締める。 「・・・さあ、帰りましょう」 女の何かしら嬉しげな様子にほっとして。 剣心は空いた彼女の左手を握り締めた。 そうすると女が安心したかのように握り返してくる。 小さくて、細くて、がさがさとしていて。 もしかしたら自分の母親もこんな指をしていたかもしれない、と 剣心はぼんやり思う。 働いて働いて、子どもを育て上げる“指”。 ふたりは再び川土手を歩き出した。 さやさやと吹く風が、濡れた髪を玩んで少し寒い。 ■次へ ■剣心・巴その8へ戻る Worksへ |