「まだ・・・疲れて立てませんか・・・」

「まさか・・・ただ少し休んでいるだけ」







真っ白な雪の檻の中だった。
眼前に佇む君は、相変わらず綺麗で、そして淋しそうだった。

音も無く降り積む雪。
飽くことなき白い世界。
動くものは雪しかなくて。

「たくさんの人を斬った。
 生半可に、斬った。
 一番大切にしたかった君の、全てを斬った・・・・・・」
「今度こそ、守れると思った。
 ―――また、守れなかった」

君を喪った、あの日も。
雪の檻に俺は居た。
「俺はいつも」
俺を動かしていた全てが切れると、
こうやって手足を丸めて、停滞した。
凍えたからじゃなく。
動けなくなるから。
「なあ、それでも」
俺を揺り動かす声を聴くと。
また立とうと思ってるんだ。
きっと出来ると解ってるんだ。

君を喪っても
薫を喪っても
また、立ち上がるんだよ。

おそらく、一生。
俺はこうして繰り返すんだね。







「わたしは知ってます」
あなたは他人(ひと)の為にだけ、存在することを。
そうしなければ、自分自身で動けなくなっていることを。

「わたしの、せいです」
晒さねばならなかった。
わたしの感情を、わたしの疑問を、わたしの矛盾を。
あの人があなたの剣に斃(たお)れた時に、
わたしはそれを知り得ることが出来たのに。

時間(とき)が無かった・・・?
厳しい情勢が邪魔をした・・・?

「違います」
わたしたちは、わたしは、
間違っていたことに気が付きながら。
「あなたが、愛しくて」
目隠しを外せなかった。







ふたりは、お互いに対して、罪を犯しました。
拭っても拭っても、消えることのない、過ちです。







「ね、巴・・・俺は」
いつからか思い浮かぶ君の面影は。
昏(くら)い世界に、ただ佇んで。
呼んで振り向く君の双眸は。
無機質で、無感情で、何処かに怒りを含んでいるようで。
それは勿論俺の、俺自身への澱がそうさせていたのだけれど。

「俺は、間違ってた?」
死ぬことよりも、生きることで自分を戒めようとしたんだよ。
「俺は、いつからかまた、間違えてた?」
人々の為に、人々の為に、そう言い聞かせてきたんだよ。

黙々と降りしきる雪に、君が霞んでしまわないように。
問いかける。
まだ身体は、鉛のように動かないから。









何が正しいとか、
何が本当とか。
そんなありきたりの言葉じゃなくて。

多分幾つも幾つも些細で、
それでいて大切な積み重ねを。
少しずつ、少しずつ、間違えた。

「だけど」
あなたは、ずっとわたしを抱いてきてくれた。
あなたの、一番深い深いところに。
「それが、あなたの剣だったのでしょう?
 奥義を得た今でも、あなたの剣を振るう
・・・原動力(ちから)なのでしょう?」

それが。
あなたが、停まることを赦されない理由でも。
「とても、嬉しい」







「うん」
ずっと、ずうっと。
君と春の季節を歩きたくて、刀を握ってきたんだ。
ちゃんと、君には届いて、たんだ。
「君の、香りが好きだった。
 早春の、凛とした香りが好きだった。
 ずっとその事を考えてる。
 ずっとその事を抱いてゆく。
 だから。
 ・・・これからも多分、剣を振るい続けていくよ」







「はい・・・」
あなたが、望んだこと。
わたしが、望んだこと。

わたし達の為に、用意されていた答。












「春が来たら」



笑って、手を繋いで、互いの温かさに触れて。
共に生きてゆけると、願っていた。
けれど。



「春は来ない」



どれ程望み、願い、欲しても。
ふたりに芽生えの季節は訪れる、ことはない。

凍てつく寒さの中で、閉じこめられたまま。



「それでも、行くよ」
「はい」
「それでも、生きるよ」
「はい」
「笑って、怒って、悲しんで、そうやって生きるよ」
「はい――――――」

春を待つ気持ちを押し隠して、塗り込めて、生きてゆく。
微笑って、みせる。

「あなたが微笑えば
あなたのなかのわたしは
いつでも一緒に微笑います」






わたしたちに、春は来ない。
それでも春を、待ちながら。

「わたしも、微笑います」





罪でまみれた心をふたりで、抱き合いながら。
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