沈沈(しんしん)と。
静寂(しじま)が、彼女の全てを支配する。

光も差さず。
動きもなく。



真の静寂だ、と微睡む意識の奥底で
反芻する。



ただ
気配だけが。
人間の持つ
感情の動きだけが。

薫の静寂の世界で、唯一の・・・・・・・・・







死ぬ時は、出逢った人々の懐かしい記憶が
鮮明に甦るのでは、と期待して。
愛しかった人達の、大好きな笑顔が浮かぶのではないかと
待ちわびた。



何もない。
何もない。
無だ。



人間は、独りで生まれ
独りで死ぬ。

使い古されたコトバを
これ程実感したことは、ない。



独りだ。
独りだ。

生を受けた瞬間から、生を終える瞬間が
この世に関わる全て、なのだ。

なにもかも、なのだ。
生きてこそ、の存在なのだ。








水分の不足して、嗄れた彼女の手首を誰かが握った。
温かさは感じることは出来ないけれど
その握られた相手の指の、優しさだけは解った。
(薫さん)
引っ張っても伸びなくなった耳朶の、すぐ傍で。
聞こえはしないけれど自分を呼び続ける・・・声。
(薫さん)
(薫さん)
(薫さん)
(ありがとう)
(薫さん)
(薫さん)
(薫・・・さん)

彼女の、二人目の夫が囁く。
彼も大概老け込んで、もうすぐ自分のように独りになるかと思うと
可笑しかった。

ああ、そうだ。
充分、生きた。
わたしは、充分生きた。

そんな風に納得できる臨終を迎える自分は・・・最高の幸せ者だ。

ぱたぱたと孫達は走り回っているのだろう。
わたしが居なくなっても
彼らの日々は過ぎるのだろう。
それでいい。
それで、いいのだ。
そのまま、過ぎ去れば・・・いい。
この願いは最高の、願いだ。
最も贅沢な、願いだ。



生きてこそ。
生きてこそ。









この願いは、その証(しるし)。
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