まさかこんな形になるなんて思わなかった。



自分の傍らで眠る男(ひと)を見て思う。

規則正しい寝息。

まるでちいさな子供のような表情(かお)。

ああ、そういえば彼はめっきり眉を顰めることが少なくなった。



・・・彼はあの橋の上で、私を必要だと言ってくれた。

その時私はまだ半信半疑だったけれど。

真実(こたえ)はすでにこうして私の目の前にある。

―――彼は、確かに変わっていった。



それでは私はどうなのだろう?

私の中の冷たい、復讐の炎はどうなったのだろう?

ああ、右のこめかみが酷く痛む。

二本の指で押さえて私は布団の中で身体を縮めた。



・・・忘れるものか。

鼓膜の奥で声がする。

ああ、痛い。

私はゆっくりと上半身を起こして彼の顔を見下ろした。

額に当てていた右手をそっと彼の喉元へ伸ばす。

このまま力の全てを込めて彼の白い首を絞めたなら・・・・・・



女の私では素手で息の根は止められまい。

そう解ってはいても想像するだけで私の背骨に快感が奔る。

苦しみ歪む彼の顔が蒼白くなってゆく様をその寝顔に重ねて。

それでも。

それでもあの人が味わった無念さに比べれば。

心の中で叫んで、両の手にますます力を込めて。

呼吸を求めて喘ぐ彼はその震える手を空に向け、呼ぶ。

「と、も、え――――――」



そこで夢想は破れた。

胸元に冷たい汗。

我知らず速くなる鼓動。

息を整え、固く握り拳をつくった。



私の思いなど気づきもしないで彼は無防備な寝顔でいる。

・・・彼がこんな寝顔を見せるのは私にだけ。

初めの頃は、気配だけで彼は私に身構えたのに。



あなたを愛しいと想うのも真実(ほんとう)です。

あなたと永遠に共にいたいと幾度願ったことでしょう。



あなたと年齢(とし)を積み重ねて生きる―――時間(とき)が欲しい。

あなたに斬られた人を忘れてしまう、時間(とき)がこわい。



私は固く目蓋を閉じた。

復讐も悪夢。

あなたとの未来を思うことも悪夢。

私にはどちらも怖ろしい結末。

お願い。

もう何も見せないで。



・・・何を捨てればいいのか、わからない。

何を採ればいいのか、わからないから。
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