ひやりと冷たい息が首筋に触れた。
ついさっきまで暖かな布団にくるまれて、眠っていたはずなのに。
・・・痺れるほど足の指先が、冷たくなっている。



しっとりとした長い指を、頬に感じる。
弾力のある、柔らかな丸い肉の塊が背に押しつけられる。
足首に絡んでくる、冷えたふくらはぎ。
数本の指がゆっくりと顔を撫で上げて、私の胸に落ちる。

するりと寝間着の襟をかいくぐって、ぞっとするような氷の感触に 身が縮こまる。



息が。
触れる。

考えたくはなかったが、誰かが、ここに―――いる。



すぐ近くに。
すぐ傍に。

同じ、布団にくるまれて。



身動ぐことが恐くて、何も出来ない。
すーすーと鼻息だけを鳴らして。
時が過ぎるのを待っている。

『それ』が、 いなくなるまでの数分を―――・・・









「だから?」
彼は盃を口元に近づけてにやりと笑った。
まったくこいつは酒でもお膳立てしないと話もろくに聞いてはくれない。
我ながらよく交友が続くと感心している。
だが今は、彼を頼るしか良い考えが浮かばないのだから 仕方あるまい。

くっくっと喉を鳴らして彼は私の顔を覗き込んだ。
「君は『彼女』と実は懇(ねんご)ろになりたいのだろう?」
「・・・!」
「毎夜、毎夜顕れる怪異にびくびくしながら 自分の背に触れてくる『彼女』に、欲情している」
「き、き、君は・・・」
「遠回しに訊いても時間の無駄だからな。
 だがな」

白い顔に奇妙に似合う真っ黒な瞳を細めて 彼は幾分声を低くした。
「―――僕なら夜毎男の布団に潜り込む女は御免だ。
 暫くすれば『彼女』も飽きるだろう。
 それまで『彼女』の顔を・・・正体を見ないことを勧めるね」









きた。
ひんやりした空気が、背中を伝う。

あれは、化け物だ。怪異なんだ。
そうだ、そうだ、彼の言う通りだ、こんな物の怪に興味を抱くなんて 馬鹿げている。
少しばかり我慢すれば、何処かへ行くと言っていたではないか。
そうだ、そうだ、そうだ、そう――――――



ひやりと冷たい息が首筋に触れた。
しっとりとした長い指を、頬に感じる。
弾力のある、柔らかな丸い肉の塊が背に押しつけられる。
足首に絡んでくる、冷えたふくらはぎ。
数本の指がゆっくりと顔を撫で上げて、 ・・・私の頬骨を包み込んだ。

そのまま後へ引っ張られる。
上半身を起こしたらしい『彼女』がわたしの顔を覗き込む。
(駄目だ、目蓋は閉じておかないと)
たわわな乳房の感触を、はっきりと今度は自分の右肩に感じた。
(きっと、美しい女だ。少しだけなら)
氷の息が、鼻頭にかかった。
(見るだけだ・・・確かめるだけだ・・・)
僅かに眉を寄せ、私はとうとう薄く目を開いた。



飛び込んできたのは 大きく唇を捩りあげて、
嗤う――――――・・・
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