光の奔流が、視界を覆う。

(俺は誰だ?)
(一体どこから真実で、どこから虚構なんだ?)

ざあざあと鼓膜を震わす砂嵐のような音。

(俺は誰だ?)
(俺は)
(俺・・・)

もう少しで個の意識は、この流れに溶け出して混じり合って。
俺の存在は消えてしまうだろう。
誰も探せやしない。
誰も気付かない。
そうして、全てから俺は消え去るの、か?



―――探してる

(誰を?)

不意に聞こえてくる優しい声に反応する。

―――わたし、あなたを

(誰?)

知ってる、俺はこの声の持ち主を知っていた。
誰だったろう?
意識が霞んで、記憶を拾い出せない。
優しくて、剛(つよ)かった。
そう―――『彼女』のことを、もっと、もっと。
思い出したい、忘れたくない。



ごおっと地響きのような音がした。
プリズムのような光が幾筋も束になって向かってくる。
光が、俺の身体を串刺しにする。
溶ける、そう覚悟した。
が。



「ダメだよっ!!」
ぐいっと何かが俺の背を押した。
溶けて消えかかった意識が、またはっきりと形づくられる。
「な・・・?」
「だめだよ、クラウド」
背中に当たっていた柔らかな感触がゆっくり離れて。
そして今度はもっと確かな重みがかかった。
この温かさ。
この感触。
そして、『声』。

大切で、守りたくて、一緒に居たくて。
ああ、そうだ。
『彼女』は―――――――――・・・

「・・・!」
背の重みがまだ離れてゆかない間に。
そう考えて俺は慌てて振り返ろうとした。

まさか。
まさか。

・・・だが背中越しの『彼女』はまた「ダメ」と間髪入れずに俺を制止する。

「だめ・・・それも、だめ」
微かに震える声で。
それなのに強固な意志をみなぎらせて。
「・・・なん・・・っで・・・?」
さして力のない『彼女』の、柔らかな制止に俺は動けない。
背中に触れるその“必死さ”に。
驚いて、動けなかった。

「な、んで・・・だよっ!!」
「―――わたし、あなたの世界にはもう戻れないから」
「そんなこ、と・・・!そんなのはっ!!」
「・・・だから、振り向いちゃ、だめ。
 この光に呑まれても、だめ。
 ・・・戻って。
 それがあなたの、たったひとつだけの。
 ―――選択、だよ」

小刻みに震えていたのは、俺だったのか『彼女』だったのか。
もはや解らなくなっていた。
ただ震える身体と、震える心に。
耐えられなかったのは、俺の方だった。

「いや・・・だ」
「おねがい」
「いやだ、いやだ、いやだっ!!」

子どものように叫ぶと、『彼女』がびくりと大きく肩を動かした。
「どうしてそんなこと云うんだ!?
 そんなこと今の俺に云うくらいなら、黙って俺が消えてゆくのを 見過しててくれ!
 あやふやな記憶に翻弄されて、追いかけても追いかけても届かない セフィロスに焦って、 あんたの遺したホーリーも未だに解き放ってやれないっ!
 なあ、あきれて、怒って・・・見放せよっ!!」

まるでこれじゃ八つ当たりだ。
そう解っていても、俺は自身を止めることが出来ずに・・・また叫ぶ。
「守れなかった、届かなかった、あんたに全てを背負わせたまま、死なせた。
 俺は俺を許せないのに、あんたが居ないのは辛くて仕方ないのに。
 “戻れ”だなんて。
 あんたを“見るな”だなんて・・・っ!」
「・・・ラウ、ド・・・」
「エアリス・・・エアリス・・・!!」

俺はやっと、『彼女』の名前を呼んだ。
両の目が熱くて、開けていられなくて、ぎゅっと目蓋を下ろす。
身体を捻って、振り返って、エアリスを抱き竦めたい。
なのに。
背の向こうの、すぐ其処に居る彼女が。
それを許さない。
ぎりぎりと握り拳に力が入って、爪が食い込む。



「・・・好きなんだ。
 共に在りたいんだ。
 この星の悲鳴なんて耳を塞いで、あんたと・・・」
それなのに。



俺の吐き出した言葉は。
僅かに木霊しながら、何処かへ消えてゆく。
上も下も、全て光の流れだから、その光の濁流に呆気なく呑み込まれてゆくのだろう。
「それなのに、俺が選ぶのは――――・・・」
剣を持ち、セフィロスを倒し、抑えられているホーリーを発動させることだ。
この星を、救うことだ。
解ってる、解ってる。
エアリスよりも、俺が選ぶのは・・・・・・



「どうし・・・て、どう、し・・・」



時間(とき)は、尽きかけてゆく。
振り向けない。
振り返ることは出来ない。
けして俺を振り向かせようとはしない。
どうしようもなくて。
俺は、歯を食いしばることしか出来ない。
噛み締めた唇が、ぶつっと音を立てて、錆びた味が咥内に広がる。

背後の、彼女が。
途方に暮れているのが解った。
(ごめん)
うん、俺は知ってるよ。
(ごめん、ね)
あんただって、本当は俺と同じなんだってことを。
それでもあんたは、セトラなんだってことも。

「エアリス」
「うん」
「キス、したい・・・な」
「・・・うん」
「やらなきゃならないことを、成し終えたら・・・してもいいか?」
「・・・・・・」
「バカ、嘘でも頷けよ」
「うん」



俺はようやっと、面(おもて)を上げた。
背中の彼女気配が、ゆっくりと離れてゆくのが解る。
彼女の温もりが消えた背を、真っ直ぐに伸ばして。
振り返らずに、ただ前を見つめる。

俺とエアリスの、世界は分かたれたけれど。
俺たちは同じ目的の為に。
全身全霊を・・・懸ける。



「―――行くよ」
「行ってらっしゃい」
「キスは貸しにしとくからな」

くすくすと笑い声がして。



そして、光の波へと遠ざかった。
[FF7 Index]