― 1 ― 「また、逃げるのか」 「当たり前でしょ」 「実験体とはいえ、おまえは貴重な存在だ。 幾分不自由だろうが、大切にされるぞ」 「・・・本気で言ってるの?」 「ああ」 「でも、あなたの言葉じゃないでしょ」 「神羅の意思は俺の意思だ」 「・・・嘘つき」 まだ幼いながら彼女は頑固だった。 何に対しても真摯だった。 それが、彼女の緑色の瞳に強い輝きをもたらしている。 一瞬見とれて、我を忘れる。 だがエアリスはそんなことはお構いなしに階段を滑るように駆け下りた。 「また、会おう」 小さな彼女の背中に向けて低い声が飛んだ。 ツォンの唇が薄く歪んでいる。 エアリスはくるりと振り返って、赤い舌を出した。 そうして軽い足取りで瞬く間に走り去る。 その後、ツォンが本気で笑っていたことに気づくことは無く。 ― 2 ― さわさわと音がする。 いつの間にか小雨が降りしきっていた。 ジクジクと痛む肩を押さえながら窓の外を見遣る。 ツッ・・・ツッ・・・ 静寂を破った呼び出し音に鬱陶しげに長い黒髪を掻き上げる。 そして意外に日焼けしていない左手で通信機を取った。 「私だ」 『イリーナです。 例の少女ですが、ひとりで宿を抜け出しました』 「そうか」 『追いかけますか?』 「・・・いや、放っておけ」 『いいんですか!? 今なら捕らえることも簡単ですよ?』 不満げな新人隊員は重ねて抗議しようと息を吸い込んだ。 が。 「命令だ」 ツォンはそう言い放ち、通信を切る。 あのエアリスが、クラウドとかいう奴と離れてひとりで何かをしようとしている。 イリーナ如きに止めることは出来ないだろう。 とめないで 最後に会ったときに確かに彼女はそう囁いた。 セフィロスに斬られ、血の溢れ出すツォンの肩を優しく押さえながら。 嘘つきツォン。 一回だけわたしのために自分に嘘をついて。 何故そうしなければならない、と聞くと笑って彼女はこう言った。 付き合い長いでしょ? ― 3 ― メテオとホーリーが激突する寸前。 ツォンは伍番街スラムへ足を運んだ。 今にも崩れそうな教会の建物。 彼女の育てていた花が眠りについたようにその花びらを閉じている。 暗い、それでも柔らかな琥珀色の灯りが差し込むその中で自分の姿だけが 黒く浮かび上がり、妙に場にそぐわない気がする。 わたし、そういう人、少ないから 世界中、ほんの少ししかいない わたしのこと、知ってる人・・・・・・ あれは古代種の神殿で彼女が言った言葉。 まだあの時の傷跡が微かに痛む。 そうだな 私はおまえの限りある時間(とき)を おそらくおまえが家族と呼ぶ者の次に、多く共有してきたのに とても近い場所に何度か居たのに それでもふたりの距離はとても、遠かった―――――― 「私が、嘘つきだからか?」 応えはなく、彼の低い声が僅かに木霊して、 それで終わりだった。 |