ぶつっ・・・・・・



軽く息を吹きかけて、小さな炎を消しただけなのに まるでコードか何かを引き千切ったような音が、聞こえた気がした。
「ほら、・・・、
 あなたの番よ」

自分の番?
・・・何を言ってるんだか。
どうして自分が最後を飾らないといけないのだろう。
百物語をやろうなんて言い出したわけでもないし、 乗り気だった訳でもない。
寧ろ堪らなく嫌だった。

「おい!早くしろよ。
 蝋燭が消えちまうだろ」

その殺風景な部屋には男女八人ほどしか居なかった。
同じ中学校の集まりで、殆どが軍人やら商人やらいわゆる裕福な家庭の奴らばかり。
の家は小さな土地をせっせと耕す、 農家でも貧弱な部類に入る。
そんな自分が名門とも言われるこの中学に入れたのは 偏に学問においてほんの少し人より秀でていたからなのだが。

小さく溜息をついたの様子に気付いたのか、 もっとも躯付きの大きな少年がいきなり肘で小突いた。
「ぐずぐずすんなって言っただろ?
 お前のような貧乏人にフィナーレを語らせてやるってんだぞ!!」
「・・・わかりました」
適当な話を幾つも聞かされてうんざりだったが 従順に答えて、は己の前の 蝋燭を見つめた。
最後の一本。
頼り無い小さな灯火の背後に、何が出たって可笑しくない真夜中。
「いつも虐められてる子供がいました――――」
静かに、声が流れた。





冷たい夜だった。
新月で、星が煌めいていた。
寮の皆が寝静まった頃、その子供の寝室のドアが乱暴に開いた。
「酒、買ってこい」
「煙草もお願いね」
いつもその子供を奴隷のようにこき使っている数人が無造作に 布団をはぎ取り、子供を起こした。
否、とは言えない。
子供は黙ってその言葉に従って、門を出る。
ガス灯が、消えていた。
星明かりだけがぼんやりと子供の影を造り出す。
こんな深夜にどうやって酒や煙草を購入しろというのだろう。
店の人を叩き起こすのか。
起きてくれたところでこんな子供に、アルコール類を気安く譲るわけもない。

知らず、両頬を涙が濡らしていた。
薄着一枚で飛び出してきた子供には、その涙は一瞬で冷たい滴に変わり、 ぶるっと肩を震わせる。

道の真ん中でとうとう子供は歩みを止めた。
寒い。
冷たい。
・・・帰りたくない。

かさり

ふいに背後で音がした。
振り返って子供が最初に目にした物は、蒼白い光。
ひゅっと息を呑んだ。
それはナイフの煌めきだった。
凍えた脚に力を込めて、踵を返す。
同時に。
襟首を掴まれた。
声を出そうと開いた口にざくっとナイフが突き刺さった。
そのまますごい力で顎へ向かって斬り下ろされる。
絶叫の代わりに血飛沫が上がった。
薄い舌の肉片が落ちた。
今度はふたつの肩胛骨の間にぐりぐりと抉るようにナイフが沈み込んだ。
そのまま躯を反転させられると背中のナイフごと地面に仰向けに叩きつけられる。
大きな手には直ぐさま新しいナイフが、握られていた。

何度も、何度もナイフは、振り下ろされた――――――







「・・・酷いことに、それは絶対急所には刺さらなくて。
 ぎりぎりまで子供の意識は失われなかったん・・・」

「止めろ!!」
背の高い、ニキビ顔がの話に 割り込んだ。
「その話、途中までお前のことじゃあないかっ!
 黙って聞いてりゃあつけあがりやがって」
「そうよ、それじゃあ此処で酒や煙草を持ってきたあんたは何なのよ?」
「・・・ばっかねえ。
 百物語なんて、作り話が殆どじゃあないの。
 何ムキになってるの」
「ああ!ああ!
 やっぱに最後を任せるんじゃあ なかったよ。
 全然つまらねえ・・・」

彼は足元の少し溶けかかった数本の消えた蝋燭と、側の酒瓶をごろん、とひっくり返した。
びちゃあ、と瓶の中身が撒き散らされて、近くの少女のスカートを濡らす。
「いや!いやあああっ!
 なによ!!これ!?」
彼女は叫びながら立ち上がって喚き出す。
ぴっぴっと周りにそれが、飛ぶ。
薄暗い、その部屋の中で蝋の焦げたのとは別の臭いが充満する。
べったりとした感覚。
「・・・おい、血だ!!」
ざわめきだったその部屋の中で、一番躯の大きな少年が の肩を掴もうとした。
「おい!なんだよ、これは・・・・」

ずるり

肩を掴むはずの指先は何か脂ぎった物を握り、そして滑った。
「?」
たった一本灯されている蝋燭が、の 顔を照らす。
ゆらゆら流れ、揺れる影が、見えにくくしている。

・・・ああ、これどっかで見たな。
人体の構造ってヤツだ。
筋肉と血管だけの、人体図。

「あ・・・あああああ!!」
悲鳴とも雄叫びとも判らない大声が部屋中に木霊した。
が、いや だったものがゆっくりと立ち上がる。
ぽたぽたと垂れてゆく音がした。
辛うじて残っている頬の皮膚がぺらぺらと揺れる。
誰かが、部屋のドアを開けようとした。
幾度も幾度もノブを回すが扉は動かない。
窓には鉄柵が施されている。
道具がないと子供ひとり抜け出ることは出来ない。
解ってはいても、必死で柵を掴み広げようとする者もいた。

・・・だからこんなくだらないこと、止せばよかったのに。
の、歯茎が剥き出された 口元が歪んだ。
「・・・じゃあ、最後の火を消すよ・・・・・・」

瞬間水を打ったように静まった室内で、血塗れの指が残った一本の 蝋燭を掴む。
じゅっと音がしたかと思うと辺りは何も見えない暗闇になった。
「ひぃ〜〜」
誰かが、か細く声を漏らした。
暗闇に慣れた瞳に、巨大な男の輪郭が映る。
太い、大きな指に
ナイフが握られていた。






血塗れの小さな遺体を見つけた。
無惨な躯は、そういった世界を見慣れた彼にとっても 痛ましいものだった。
白く細長い指をその血溜まりに浸すと、まだ微かに温かい。
そして。
「・・・・・・」
彼は漆黒の瞳を細めて、その遺体の額に右手を置く。
「殺人者もそう遠く離れてはいないが・・・その前に・・・」

さわさわと風が枯れ始めたススキを揺らし、 低い気温が、星の煌りを鮮明にしていた。







男の影が一番手近な少女にギラギラしたナイフを振り下ろそうとしていた、その時。


冷たく冴えた声が、名を呼んだ。
ぼたぼたと血を流しながら、が 振り向くと、闇に象牙のような青年の、顔と胸元が浮かんでいる。
血走った眼球が訝しげにぐるんと動くのも構わず、 すうっとその端正な顔はに 近づくと、耳元で囁いた。
「憎悪は僕が呑み込んでやる。
 ・・・安らぐといい」

素っ気ない口調で吐き出されたその言葉に、の 全ての動作が停止した。
いや、躯のあちこちで滴る血が剥ぎ残された皮膚を伝って零れ落ちる音だけは 停止しなかったが。

青年がその薄く紅い唇をゆっくりと開くと も呼応するように 血みどろで原型を留めていない口を上下に開く。
煙のようなどす黒い塊が音もなくの 裂かれた唇から立ち昇り、そしてずるずると青年の紅い唇に吸い込まれた。
白く細い喉元がこくりと艶めかしく動き、 全てが呑み込まれた後、青年の陽炎のような顔が再びの 耳元にするりと近づいた。


 君の名前だ。
 ・・・君の名で、この百話目は『恐怖』では無くなる」



眼球を伝い流れ、はみ出た臓物に伝い流れてゆく赤黒い血液を 凝視しながら欠けて短くなった舌が動く。
「―――・・・・」
はゆっくりと自分で自分の名を呼んだ。



気付けば、は生前の 姿に戻っていた。
あの、ナイフを持った男の影もいつの間にか立ち消えていた。
目蓋を半分伏せるようにその様子を青年の白首は見つめていたが やがて大きく見開かれたその、切れ長の眼がの 視線と絡む。

「・・・忘れるな。君が、君であることを。
 己を消失して、『異形』になるんじゃない」



はこくりと頷くと、 やがて闇の中に消えていった。
部屋に充満していた血の臭いも薄くなり、ただの『闇』だけが残される。

微かに眉間に皺を寄せて、青年は固まって震えている集団を見遣った。
酷く綺麗な顔だけが、闇にぽっかり浮かび上がる様は やはり怖ろしいようで誰も動こうとはしない。

「僕は実体でないのでな。
 この部屋のドアを開けてやることは出来ない。
 他の誰かが、気付くまで此処に居るんだな」

非難の声なき声が聞こえたような気がしたが、 青年はさらりと無視してやはり闇の中に溶けていった。


こんなドリーム、いやあああああっ!(爆)
殺されて、化け物で、何故か舌が無いのに喋ってます〜 ヾ(・・;)ォィォィ
しかも魔実也氏出番少なすぎ!悲しい通り越すよっ!!

一応、名前変換は男性でも女性でも良いようにしてみたんですが
・・・これが墓穴掘り掘りでした・・・(T.T)
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