小さな背を丸めて、さわさわと髪を微風に揺らしている。
日差しは穏やかで、 縁側でだらしなく伸びて寝ている猫の気持ちもよくわかった。
「お茶を淹れましょうか?」
あらかた用を片づけて、そう声をかけると。
彼はゆっくりと振り向いて笑った。
「今は要らない。
 それよりも君もここに座らないか?」
「・・・そうですね」
彼女は小さく頷くと、相変わらず綺麗な所作で膝を折る。

「なあ、巴」
「はい?」
「あの子は元気かな?」
ここよりも少し遠い県へ嫁いだ娘のことだ、とすぐに察して
「元気ですよ、この間手紙に子育ての苦労話を書き付けてましたし」
と答えると、 おやおや孫も反抗期か、と剣心は目を丸くして笑った。
「じゃあいつは元気かな?」
巴の脳裏に 若い頃の剣心にそっくりな長男が浮かぶ。
賢(さと)い子だが、どこか猪突猛進的で昔から心配のし通しだった。
「・・・元気でいるでしょう。
 今頃はどこの海の上なのかわかりませんけど」
「やれやれ、相も変わらず世界中を飛び回っているのか。
 縁の影響かなあ」
「ですね、きっと」
ふふふ、とふたりで笑い合うと、寝ていた猫がくしゅくしゅと 鼻を鳴らした。

「縁と云えばあの娘(こ)はかなり彼を気に入っていたね」
ああ、そうそう、そうでしたわ。
巴は両手を合わせてふふふ、と笑った。
「歳が十五近く離れてましたから。
 やはり頼りになるお兄ちゃんに憧れたんでしょうね」
ゆるゆると昔の記憶が鮮明になってきたのか、剣心はやや不愉快げに 眉を顰めた。
「確かよちよち歩きの頃から俺じゃなくて、縁の後をついて 回ってたんだ・・・進学の相談も俺じゃなくて縁にしてた・・・」

巴によく似た、器量好しな女の子だった。
ついでに云えば剣心に似て身体能力も高かった。
剣心の女性の好みは基本的に巴フィルターを通すので、 彼らによく似た娘は、目に入れても痛くない程可愛がっていたのだ。
それなのに。
その最愛の娘は何故か叔父の縁に首っ丈で。
当の縁は 縁で最愛の姉を剣心に盗られた、と思っていて。
巴によく似た姪は好きだったけれども、縁はその姪を利用して 剣心に何度か煮え湯を飲ませてきたりしているのだ。

「ああ、でもね、あなた」
穏やかな表情を崩さずに、巴は温んだ湯飲みを手に取った。
「あの子が嫁ぐ日は縁も意気消沈しちゃって、とても可笑しかったのを 覚えてますわ。
 縁ったら自分の身も固まらないうちに “父親”的な気分を味わったんでしょうね」
「・・・そのくらいのしっぺ返しが在ったっていいさ」
「あらあら。
 今の科白を縁が聞いたらまた一悶着起こりますね」
「受けて立つさ!
 俺は飛天御剣流だったんだ、六つの年齢差なんてまだまだ 関係ないぞ」
剣心はやや身体を仰け反らせるとふん、と鼻を鳴らした。
「どら息子はどら息子で君の云うことばかり聞いてさ。
 あれは崇拝に近かったよな。
 ああ、なんか俺すごく子どもに冷たくされてるような気がしてきた。
 ったく〜〜」

がしがしと頭を掻きながら、頬を膨らませている。
巴がその頬を人差し指でつつくと、剣心はさっと顔を赤くした。
   こんなおじいちゃんになっても まだ子どもみたいな仕草をする。
かといって、巴が剣心と出逢った時は、何処か醒めていて老成した 部分が強く表れていたのだが。

(オトナで、コドモ)

その表現しがたい彼の危うさに、巴はずっと惹かれている。
ずっと、ずっと、恋している。

「・・・好きですよ」
「うん、そうか・・・って!ええ?」
慌てたように剣心が自分の横の巴の顔を見た。
にこにこと静かな笑みを浮かべながら。
巴は濁りのない真っ黒な瞳が皺の刻まれた剣心の顔を映す。
「昔も、今も。
 あなたを好きで居られるなんて幸せです」
「と、巴      ・・・」

さっき以上に顔を赤らめて。
剣心は俯いた。
擬音を選ぶとなれば『シューシュー』と蒸気のような音を発しているだろう。

「君にはいつも驚かされる・・・敵わないな」
俯いたまま、剣心が小さな声で呟いた。
そしてゆっくりと顔を上げて。
年を経ても充分美しい巴の頬に、右手を添える。
「俺は、ずうっと」



「君に」



囚われているよ      ・・・







「そういえば、斎藤さんお亡くなりになったんですってね」
「畳の上で、座ったまま、ね」
「え?切腹ですか?」
「と、巴・・・」
笑うべきか諭すべきか、とっさに判断がつかなくて剣心は変な表情に なった。
「・・・ごめんなさい、何か、変、ですのね?」
こほ、と軽く咳払いをして巴は別の話題に移る。
「そういえば、この間比古さんが訪ねてきて・・・」
「ししょーがっ!?ひとりで!?」
「ええ、お元気そうでしたよ」
「まだ足腰がしゃんとしてるのか・・・ある意味怖いな」
「ほんとにお変わりないですわね。
 きっと仙人になられたんですわ、すごいですね」
「・・・・・・と、巴・・・」
「はい?」

彼女の浮世離れは最近ますます拍車がかかっている気がする。
(まいったな、もう)
ああ、やっぱり歳を取ったな、と剣心は苦笑いする。



こんな気分を味わうことになるなんて、最高だ。
そう感謝しながら。


口調があまりに若者くさいですが、かわいいおじーちゃんと おばーちゃんだと思ってください(笑)
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