初めて会ったときは多分笑っていたと思う。
明良はそう記憶している。

同世代の女の子より背が高くて、それでいて華奢だった。
真っ黒な瞳と真っ黒な髪と。
抜けるような肌の白さ。
はにかみながら、小さな声で「よろしく」と言った。
あれは、彼女の弟が生まれる前のことだった。






「巴ちゃん」
大きな荷物を抱えている彼女に明良は声を掛けた。
「明良さま」
びっくりして振り向くと両手に抱えていた蜜柑が幾つかこぼれ落ちた。
「あ・・・!」
巴は慌てて拾おうと屈み込んだ。
おかげで残りの蜜柑達もころころと地面を転がってしまう。
「いいよ、僕がやる」
困った彼女を立たせて、明良は丁寧に蜜柑を拾い始めた。
申し訳なさそうに巴は俯いて、それでも自分も拾おうと白い腕を伸ばす。

「あっ・・・」
不意にふたりの手が重なった。
巴は忽ち顔を赤くして「ごめんなさい」と呟いた。
明良も数瞬固まっていたが謝られたと同時に明るく笑って また蜜柑を集め始めた。
「ね、どうしたの?この蜜柑」
「は、はい。
 母の実家から送られてきた物で・・・。
 ご近所にお分けしようと」
「そうかあ。でもいくら何でもひとりで持ちすぎだよ。
 あ、おばさん産後の肥立ちが悪いんだったね」

ごめん、と謝って明良は頭を下げた。
そして手伝うよ、と笑いながらそのまま蜜柑を抱え込んでいる。
人に不快感を与えないその物腰に、巴が気を悪くするはずもなく。
むしろ、いつも自分や自分の家族のことを気にかけてくれる兄のような彼に 巴は感謝せずには居られなかった。
「ありがとう、明良さま」
恥ずかしげに微笑んだ、その表情(かお)を。
彼は見ることが好きだった。
それも滅多に見せてはくれないのだから。



ようやくふたりとも空手になって、明良は巴を門前まで送ってきた。
その時、どたどたと地面を踏みつけながら、小太りな女性が雪代家から 出てくる。

「全く、話になりゃあしないわ!
 縁の為にも本家の為にもこれが一番いいんですよ。
 もう一度考えてくださいね!!」
斜め後ろを振り返りつつ木戸をくぐると、雪代家の長女がびっくりしたように 其処に立っていて女性は驚いたようだ。
だがこほんと咳払いをすると胸をぐっと反らして大げさに微笑んだ。
「あら、巴ちゃん。お出かけだったの?」
「はい、伯母さん・・・」
伯母と呼ばれた女性は巴の隣の明良をちらりと見遣って下卑た笑いを浮かべた。
「ああら、そう。
 ところで巴ちゃんからも父上に言ってくれるかしら?
 縁を養子にしてくれってね」

きゅっと唇を噛み締めて、巴は俯いた。
それを見て取ると明良はさり気なく巴と女性の間に移動して、 巴を庇うように立ちふさがった。
彼の意図が通じたのか、 女性はふん、と鼻を鳴らしてすたすたと歩き去ってゆく。
俯いたまま、巴はいつしか涙を零していた。

「・・・伯母さんの所、男の子がいないの。
 だから縁を養子にって。
 あっちは本家だし、そうしなきゃいけないんだけど父さまが反対してて・・・」
「巴ちゃん」
「父さまは優しいから、心配なんです。
 今に押し切られてしまうんじゃないかと・・・」
「優しいんじゃない。弱いんだよ」

何を言ったのか、一瞬のことで巴には聞き取れなかった。
いつの間にか彼は巴の右手をぐっと握り締めて、 彼女の顔をじっと見つめている。
巴は聞き返そうとして、見たことのない厳しい表情に気圧された。
「明良さま・・・?」
巴がやや身じろぐとやっと気付いたように明良は握っていた手を離した。
そしていつもの笑顔を彼女に向ける。
「大丈夫だよ。おじさんはそんなことに首を振らないよ」
「そう・・・そうですね・・・」
生まれたばかりの縁は寝込んでしまった母親の代わりに巴が面倒を見ていた。
愛着も人一倍なことを明良はよく知っている。
「大丈夫だよ」
もう一度、しっかりと。断言する。
巴はやっと安心したように微笑んだ。

濡れて、赤くなった瞳とほんのり色づいた唇がうっすら開いて。
子供の彼女と女である彼女とが混在していた。
そしてそれは今、真っ直ぐ明良に向かっている。



現在(いま)はまだ自分の手では巴を守れないけれど。
もう少ししたら。
人が良いだけの彼女の父親じゃ、駄目だ。
僕が。
もう、少ししたら。



「明良さま」
躊躇いがちに巴が声を掛けた。
「何?」
「これ」
袂から小さな袋を取り出して巴は明良に差しだした。
「とっておきの蜜柑。
 紀州蜜柑じゃなくて橙(だいだい)なんです。
 冬になっても実が落ちなくて、放っておくとまた緑色になるんですって。
 これ、明良さまにと思って」
小さく、あどけなく笑う。
感情の起伏を隠そうとする性格の彼女だったが子供らしい無邪気さが まだ表立っていた。
「・・・ありがとう」
明良はとても嬉しげに笑った。
喜んでくれるだろうかと、内心びくびくしていた巴はその笑顔を見て ほっとする。
「巴ちゃんは」
「はい?」
「もっと自覚した方がいいよ」
「何をですか?」

君が時折見せる笑顔は凄く素敵なんだよ。
例えばこの橙のように、君は君の筈なのにいろんな色を見せてくれる。

「ねえ、明良さま?」
重ねて訊く巴に何も答えないまま、明良はまた笑った。


なんだかちょっとブラック清里くん・・・?(^^;
原作では出てきた途端斬られちゃってよく分からない彼ですが
巴ちゃんのために苦手なコトしようとしてたんだから
きっと気負いは大きかったんじゃあないかと(^^;
でも巴ちゃん、やっぱ暗いね〜〜(爆)
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