「おおおお〜」 一面の銀世界。 そんな陳腐な形容しか浮かばないがそんなことを気にするバレットではない。 特注の幅広いスキー板をつけて胸を張って後の一行を見回した。 「じゃ、先に行くぜっ」 言うや否や、ストックをぶんと唸らせ、滑降してゆく。 雪煙をぐおんぐおん上げながら凄いスピードで文字通り、 一直線に滑る。 「ある意味、凄いね・・・」 「そうですなぁ。 コース無視して直線にしか滑らないってゆうのもある種才能かもしれまへん」 スキー初心者のユフィはおっかなびっくりバランスを取りながら 隣のでかいモーグリ型ロボットの頭の上の猫に話しかける。 「でさ、どうしてあんたこんな所にまでその姿で来てんの?」 「どうしてっちゅー言い草はないでっしゃろ! ボクかてほんまいろいろ忙しいんですわ!! こうしてる今も生身の身体はデスクワーク真っ最中やっちゅうに・・・。 スキー経験者が少ないからってムリして同行してきたのに そないな言い方はひどいですわぁ」 「はいはい、どーも・・・」 「ところでナナキはんは?」 「さあ。 ゲレンデに着いたとたん、サカリのついた犬みたいにどっか走ってったわ」 「サカリ・・・、嬢ちゃんが使う言葉やないでっしゃろっ」 大きな溜息をついてユフィはがっくりと肩を落とす。 「シドは寒いのは嫌いだって来なかったし、ヴィンセントは『眩しいのは苦手だ』 とか言って ロッジから出てこないし。 ティファは『わたしは断然スノボよ!!今日はコブ斜面よ!!』とか叫んで 向 こう行っちゃうし。 ああ〜、ツイてないなあ」 「・・・・・・(ボク相手はそないにイヤですか〜?)ところでクラウドはん達は?」 とたんに、にかっと白い歯を出してユフィは悪戯っ子のようにきらきらと瞳を輝かせた。 「ケット・シーは違うバスで来たから知らなかったっけ? クラウドのヤツ、バスに酔ってエアリスに介抱してもらってるの〜、ったくオアツイわよねえ〜」 「え・・・? 乗り物に弱いのはユフィはんも同じですやろ?」 「ふっふっふっ。あたしは気分が悪くなる前にバスから降りて 走ったのよ!! せっかくの休日!!初日からダメになんかするもんですか!!」 ―――そうではなく、山道をバスと同じ速度で走ってる方が問題なのだが。 ケット・シーは暫く頭を抱えたが、立ち直るのも早かった。 「とにかく!ボクは中途半端は嫌いや!! ビシバシいきますで〜!!」 やや青ざめた顔をしてクラウドは立ち上がった。 「よし。そろそろ滑ろうか?」 「・・・ねえ、大丈夫? もう少し休んでもいいよ」 長い褐色の髪を今日はきゅっと纏めてエアリスはその細い首筋を 惜しげもなく晒していた。 心配げに傾げたその首の仕草が妙に色っぽくてどきりとする。 「あ、ほら、なんか顔が赤くなってきたよ?」 今度は大きな翡翠の瞳が鼻先まで近づいてきた。 「ちがっ・・・、これは関係ない!!」 慌てて顔を反らしてみたが時既に遅しで完璧に 頬が赤く染まってしまっている。 「ふ〜ん・・・」 困ったような、見透かしたような、そんな複雑な表情をして エアリスは両手を腰に当ててじっとクラウドを見つめる。 そしてすとん、とクラウドの隣りに座って 今度は下から覗くようにクラウドを見た。 「なんだよ」 わざと不機嫌な声で言ってみたけれど エアリスはやはりにこにこしながら頬杖をついている。 「クラウドのそーゆーとこ、好きだなあ」 「・・・は!?」 「かわいいよね。 なのに普段はすごくかっこよくて」 「・・・・・・」 「とっても、好き」 滅茶苦茶恥ずかしかった。 それはもうゆでだこみたいな顔をしているだろう。 けれど彼女から逸らせない、視線。 まるで縫い止められたように。 「・・・元気出た?」 「・・・・・・」 「さあ、滑りに行こうか? スノボ、教えてくれるんでしょ?」 ゆっくり立ち上がってエアリスは歩き出そうとした。 「狡い」 彼女の右肩が微かに跳ねた。 「あんたは、狡いよ」 火照った頬が治まるに連れて頭の中が冷静になってゆく。 「今の、冗談なのか? ・・・本気なのか? それとも―――俺次第ってことなのか?」 クラウドは着込んでいるので普段よりも太い彼女の二の腕を掴んで、 彼女の身体をぐいっと自分の方に引き寄せた。 「なあ? 茶化しながらしか好きって言ってくれないよな?」 やっと振り向いたエアリスの顔は少し歪んでいて。 泣きだしそうだった。 「エア―――」 「わたし、今まで欲しかったもの、手に入れたこと無かったから。 ―――ついこんな言い方、身に付いちゃって。 ごめんな、さい・・・・・・」 俯いてぽつりと彼女は謝った。 はあ、大きく息を吐き出して一回クラウドは目蓋を閉じた。 それからぐいっと 彼女を抱き込んで悔しそうに呟く。 「俺は、好きだって言ったよな。 本気で言った。 だからあんたにも本気で言って欲しいんだ。 はぐらかさないで。真剣に。・・・時々でいいから」 「うん」 「絶対、これは・・・変わらないから」 「うん」 「・・・だから、怖がらなくていいから・・・・・」 「うん」 首筋に当たる彼の頬が急に熱くなってきたので エアリスはそっと身体を離して彼の顔を覗き込む。 うわあ、鎖骨の辺りまで真っ赤・・・ クラウドは慣れない台詞で再びゆでだこになり、 彼女はそれを見てころころと笑った。 そして文句を言おうとしたクラウドの唇に、そっとキスを落とした。 ゲレンデは照明があちこちで強い光りを放っていて、 すっかりナイター仕様になっていた。 ややスノーボードに慣れてきたエアリスにもう少し長い距離を滑らせてやろうと、 クラウドは彼女の手を引いて歩き出そうとした。 その時。 コースから外れた木陰で何かの影が勢いよく通り過ぎる。 「あれ?今の・・・」 「あの赤い派手なマント・・・ヴィンセントだな・・・」 「なんであんなトコで滑ってるの?」 「あいつ、明るいところは苦手だからな。 照明の届かない暗がりで楽しんでいるんだろう・・・」 怪訝な表情で渋々納得したエアリスが上方を見遣ると今度は まん丸い物体が雪像のように佇んでいる。 「あれ、ケット・シー!? まるきり動いてないみたい・・・」 「・・・操縦をほったらかして、家に帰ったな」 「ね、クラウド、あそこやけに大きな溝ができてるけど」 「そいつはバレットの滑り方だ。はた迷惑なヤツだ」 右手奥で歓声が上がる。 「わあ!ティファったらもの凄いアクロバット!!」 「結構注目されるのが好きだからなあ、あいつは」 そこへがしっとクラウドの腕を掴んだ者がいた。 「・・・クラウド、エアリス」 「ユフィ!!どうしたの。ぼろぼろじゃない!?」 「ケット・シーったら休憩無しでスパルタ指導なんだからっ!! 自分はデスクワークだからそりゃ平気でしょうけどっ!!! とにかく聞いてよ!自分はあの図体だから口ばっかり動かしてさあ・・・」 疲れているはずだろうにユフィは延々と大声で愚痴をこぼし続ける。 ―――こうまで個性的な仲間だとは思わなかった。 クラウドは瞠目して天を仰ぐ。 彼が次に考えた事はこの連中から離れてどうやったらエアリスとふたりっきりで滑られるかと いうことだった。 ティファはともかくこいつらと同じ仲間とは周りに絶対思われたくない・・・・・ 彼は意外に薄情なところがあるのだ。 ・・・ところで、ナナキは?
| |