「なんかぴりぴりしてない?」 乗り物酔いに耐えながらユフィはクラウドのことを そう評していた。 おそらくティファなどはとっくにわかっているのだろう。 だがクラウドが明らかに不安定なことに 気付いているのは女性陣くらいなもので、 他の者はメテオをくい止めようと彼が焦っている くらいにしか考えていないに違いない。 そんな分析をしながらヴィンセントはひとりでデスペナルティの銃身を 磨いていた。 飛空艇ハイウィンドの外は雪。 (・・・そうか、アイシクルエリアが近いからな・・・) 銃を仕舞い、おもむろに歩き出すと近くで相変わらず気持ち悪そうにして いるユフィが声を掛けてきた。 「ヴィンセント、どっかいくの? なんか気晴らしになることでもない?」 「・・・クラウドを知らないか」 質問に質問で答えるヴィンセントにユフィは 気を悪くしたような素振りも見せずすぐに答えた。 「甲板(そと)じゃない? この寒いのにさ」 そしてまた口を塞いで座り込む。 その様子に苦笑しながらヴィンセントは「すまないな」と礼をいうと 甲板に向かった。 すでにクラウドは彼らのリーダーであり、貴重な戦力でもある。 いつまでもこの状態ではセフィロスとの決戦もままならないだろう。 放っておくのも潮時だとヴィンセントは考えていた。 「・・・己で立ち直れればそれに越したことはないがな・・・」 思わず口をついて出た言葉にヴィンセントは自分の 機械仕掛けの左手を見る。 「ルクレツィア・・・」 苦い思い出が蘇る。 吹きすさぶ雪。 灰色の視界の中で彼の金の髪が妙に映えて見えた。 ・・・あまりに頼りなげな姿はこの強風のせいか、 それとも・・・ | |
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「まだここに居るつもりか? 凍えるぞ」 声を掛けてきたヴィンセントに驚く様子も見せずのろのろとクラウドは 振り返った。 「・・・あんたか・・・」 「戻るぞ、クラウド」 クラウドの右手を掴み引き返そうとしたが クラウドの足は動こうとはしない。 「・・・おい?」 「いいんだ、このままで。 凍えた方が神経が麻痺して何も考えなくてもすむ」 クラウドの薄く青みがかった瞳が揺れる。 ヴィンセントは今度は彼の左手も掴んだ。 ぐいっと身体を自分の方に向かせると彼にしては 珍しく声を張り上げて言う。 「怖いのか? 女ひとり助けられなかった自分がこの星を救えるのか、 セフィロスを倒せるのか、ってな。 逃げ出したくて、でも他の者には悟られたくなくてこんなところで震えている。 そうだろう?・・・クラウド!」 図星を指されたのか、クラウドは大きな瞳を更に大きくして ヴィンセントを見つめた。 きゅっと唇を噛みそして掴まれていた両腕を振りほどく。 「・・・そうだよ、いけないか? また駄目だったらどうしようって思うんだ! そしたら今度こそ取り返しがつかない。 この星の全ては消えてエアリスは無駄死にだ。 ・・・びびって何が悪いんだよ!?」 堰を切ったように叫ぶクラウドの頬を両の手のひらで挟むようにして ヴィンセントは彼の顔を自分に向かせた。 「・・・私を起こしたのは誰だ? 何もかも放棄して薄暗い地下で眠っていた私を ここまでひっぱてきたのは誰だ? ―――クラウド、おまえだろうが!!」 普段は口数の少ないヴィンセントの畳み掛けるような 問いかけにクラウドは呆然としてただヴィンセントを見つめている。 こんな風に肩で息をしているヴィンセントは初めてだ、と思った。 そして怒りではなく哀しみに彩られた紅い瞳に吸い込まれそうになる。 やがてヴィンセントはそんな彼を暖めるように抱き込んだ。 彼の瞳の色によく似た紅いマントが風に狂ったように音をたててはためく。 「・・・私はルクレツィアを守れなかった。 お前はエアリスを守れなかった。 だがクラウド、お前と私は同じではない。 お前は混乱する記憶に怯えながらもちゃんとここまで自分の足で歩いてきた。 まだ出来ることが在ったのに棺桶で眠ることを選んだ私とは違う。 ・・・お前が私のような呪縛に囚われることはない・・・」 ヴィンセントは鉄の爪を持たない右手でクラウドの髪を梳く。 クラウドはただじっとヴィンセントの温もりを感じていた。 「立ち止まるな、クラウド。 でないと後悔する。 取り返しがつかないとわかっても繰り返すことになるぞ。 何故、動かなかったのか、・・・とな」 何度、自分は嘆いたことだろう。 何度、あの過去(とき)に戻れたらと考えたことだろう。 ・・・クラウドは気付いた。 ヴィンセントの身体がわずかに傾いでいる。 「・・・ヴィン、ごめん。 俺、つらいこといわせた」 クラウドはやがて顔を上げるとヴィンセントの瞳をまっすぐに見た。 その細い顎を右手で支えて、ヴィンセントはクラウドに口付ける。 その温かい唇を感じながら開いたままのクラウドの瞳に やがて強い光が宿る。 「・・・もう一度言う、 お前が私のような呪縛に囚われることはないんだ・・・・・」
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