どうしても、ふたりで生きてゆきたかったから。









ざーざーと砂嵐が吹きすさぶ中。
ひとりの男性が、ひとりの女性を抱きかかえて、僕の家に現れた。
彼の、背に負った巨剣が物珍しかった。
彼の腕の中にいる女性の、しろい腕が眩しかった。
「一晩、宿を借りたい」
彼はクラウド、彼女はエアリスと名乗った。

「エアリスは身体が虚弱で、一日に僅かな行程しか進めない」
と、彼は云った。
彼の傍らで彼に肩に寄り掛かりながら、彼女はにっこりと微笑む。
確かに彼女を連れての旅は困難を極めるであろう事は、幼い僕にも解った。
・・・彼女は口が利けず、足も殆ど動かなかったのだ。

エアリスは大層疲労していたようで、お節介好きの僕の母は「なんにもないトコロだけど」 と恥ずかしがりつつ、好きなだけ滞在して良い、とクラウドに告げた。
クラウドは先を急ぐ旅だけれど、彼女の回復が最優先だと答え、 僕の母に深く頭を下げた。
僕といえば殆ど人の移り変わりのない、この辺鄙な村で出会った旅人が 珍しくて、そして嬉しかった。
エアリスは言葉こそ話さなかったが、優しくてとても綺麗な瞳をしていて、 絶えず柔和な微笑を浮かべていたし。
クラウドは無口で愛想はなかったけれど、エアリスを見ている時は とてもいい顔をしていたから。
・・・今から思えば、僕はあのふたりに憧れていたんだろう。





「クラウド」
薬湯を持って、僕はふたりの部屋へ入った。
こんこん、と咳を繰り返す彼女の背をさすりながら「すまない」と クラウドは頭を下げる。
彼らが逗留して一週間。
少しずつエアリスは顔色が良くなってはきていたけれど、ずっと空咳が続いている。
「ごめんね、この村じゃいい薬が手に入らなくて。
 こんな薬草を煎じることしか出来ないんだ」
彼女の咳を心配して俯く僕の頭を、ぽんぽんと軽くはたいて、クラウドが薄く笑う。
「・・・充分だ。
 感謝しても、し足りない。
 それに彼女の身体はどんな優秀な医者でも治せない」
「―――え?」
「呪いだからさ」
「え!?」
エアリスが、駄目よ、といった視線をクラウドへ向けたけれど、クラウドは軽く手を振って 「構わないさ」とあしらう。
そして僕にエアリスの隣りに腰掛けるように腕を動かした。

「おまえの父親は戦場へ行ったきり戻らないんだろう?」
「うん・・・」

僕の村がある国は、もう何年も戦争を続けている。
戦の相手はこの国の北の果てに住んでいる、とある部族だ。
蛮勇を怖れられ、協定で定められた領域を侵したとして、国王から 『排除すべき敵』と宣言された。
それから延々と押しては引き、の戦いの連続だ。

「敵の部族の名は『ゲインズブール』。
 そして彼女の名は『エアリス・ゲインズブール』」
僕は心底驚いた。
ゲインズブールを名に持つと云うことは、彼女はその部族の中でも 高位にあるということだ。
目の前のたおやかな女性が、 野蛮で短気でそして好戦的な部族の出身とは、とても信じられなかった。
「情報操作だ」
クラウドはにべもなく言い放つ。
掻い摘んで聞いたところによると、ゲインズブール族は元々この国の 先住民で、現国王の先祖が彼らを最北の国境まで追いやったらしい。
かの一族は実は魔法に秀でていて、戦闘を嫌っていたので今まで平穏だったのだが、 彼女―――エアリスが誕生して、変わった。

「・・・彼女が産まれたばかりの時、彼女の一族の長は彼女が希有な能力を有していることに気付いた。
 そしてその能力を怖れて彼女の声を封印した」
「じゃ、じゃあ、エアリスの声はその時から出ないの?」
「続きはまだある。
 内通者が居て、彼女の力のことをこの国の王に漏らした。
 当然国王は彼女に興味を持った」
挙げ句彼女を引き渡せだの、引き渡せないので、話し合いが縺れに縺れて。
現在の泥沼のような戦争になってしまった。
全く信じられない。
たったひとりを巡って此処まで愚かになるものなのか。

「彼女の足は、国王直属のある魔術師が呪いを掛けた。
 本当は攫う時に身動きを取れなくさせるためだけだったらしいが、な。
 ゲインズブール族は辛うじてそれを防いだが、この失態を二度と犯さない為に、彼女を殺そうとした」
「そんな・・・!!」
僕は怒りに震えた。
エアリスはもしかしたら、自分の一族にも、この国にも居場所がないんだ。
僕の父はこんな非道なことが原因で戦場へ駆り出され、そうして 戻ってこないのだ。
ひどいひどい。
父もエアリスも悪くないのに、こんな酷い目に遭っている。
「産まれ持った力のせいで、どうしてそんなことに・・・!」
エアリスがそっと僕の頭を撫でた。
少し悲しそうに、それでも優しく微笑った。
「おまえ、もう少し大きくなったら兵に志願するつもりだったんだろう?」
「うん・・・父ちゃんを探したいのもあったけど、こんな戦、少しでも早く終わらせたかったから―――」

クラウドは腕を組んで、窓にもたれ掛かった。
逆光で彼の表情がよく見えない。
エアリスも僕も、そのよく見えない顔へ目を凝らす。
「兵になる、ならないはおまえの自由だ。
 だけど覚えていてくれ・・・彼女のことを。
 そうして少しでも考えてくれ・・・この戦いの意味を」



どうやってクラウドが彼女と知り合ったのか。
彼女を連れて何処へ旅をしているのか。
教えてはくれなかったし訊くこともなかったので、これは推測でしかないけれど。
振り返って思うと、ふたりにはきっと時間があまり残されていな かったように思う。
切羽詰まっていて、それでもその焦りを抑えて。
そんなぎりぎりの糸を張り詰めたクラウドの、 尖ったような雰囲気を幼い僕でも薄々感じてはいた。
ただ、彼の隣に居るエアリスは―――まるで静かで、凪いだ海みたいで。
クラウドのそれを当たり前のように包み込んでいて。

だから僕はクラウドの、そのぎりぎりさを。
考えようとはしなかったんだ。





「きっと君の声も、足も、取り戻す」

囁きは、唇が触れ合うほど近くで。

「そうしたら、一族からもこの国からも離れて暮らそう」



彼女の細い指が、彼の頬骨の上をゆっくりと辿る。
彼は軽く彼女の唇を啄んで。
そして人差し指で彼女の下唇をそっと押し下げた。
小さく開いた口から覗く白い歯と赤い舌先を。
ぴたりと塞ぐように、今度は深く深く貪りながら口付ける。

時間(とき)が、ない。
彼女自身の持つ『力』が、彼女を蝕む。
詠唱してその『力』と契約して。
彼女に従わせねば。
ただ彼女の裡(うち)に閉じこめられただけの『力』は、彼女に とってじわじわと生命(いのち)を奪う『毒』にしかならない。

微かな水音を立てて、唇が離れた。
彼は彼女の肩を抱いて。
引き寄せて、抱き締める。
また少し細くなった身体が、淋しい。
彼女は彼の細い金糸の髪に、指を絡ませ。
あやすように頬を寄せた。

(大丈夫)
(ちゃんとわたし、居るから)
(あなたの傍に居るから)
(・・・泣かないで)

「俺は、闘える」
君がいれば。
「やってみせる」
君と居るために。



―――ふたりで生きてゆきたいから





ふたりがやってきて、十日ほど経った。
やはりお節介な村のおじいさんが、一頭の馬を引いてきて、 「嬢さんが辛かろうから」とその馬を置いていった。
エアリスが目を潤ませながら幾度も頭を下げて。
クラウドも謝辞を述べたのはわかるとして。
何故か僕の母も「どうもすみませんねえ」と礼を云ったりしていて、可笑しかった。

そして翌日、エアリスを馬に乗せて旅立とうとするクラウドを 僕は村外れまで見送ることにした。
「クラウド―――」
「世話になったな」
相変わらず愛想ない言葉をクラウドは云った。
僕はクラウドに、たくさん訊きたいことがあったけれど、馬上で 微笑むエアリスをみると、何故か何も訊けなくなった。
クラウドは本当に優しい瞳で彼女を見る。
普段は研ぎ澄まされた刀剣のような、厳しい顔をしているのに。

その時、物見櫓から男が叫んだ。
「竜だ、迷い竜がこっちへ向かっているぞ!!」

僕の村は辺境地帯にあって、よく南の国境を越えてモンスターが踏み込んでくる。
その為に常時物見櫓で監視する人間が居て。
発見するたびに総動員でモンスターを退治するわけだが。
・・・竜はもっとも手強いモンスターのひとつだ。
普段はけして人里の現れないのに、空間感覚が狂ってたまに飛んでくる奴がいる。
それが、迷い竜だ。

ざあああ!と黒い翼を広げて、竜が天空から真っ直ぐこちらへ降下してくる。
「でかい・・・っ!!」
僕は思わず息を呑んだ。
あの大きさの竜を、追い払うことが出来るのだろうか?
「あっち!西の谷の方向だよっ!!」
何処かのおばさんが叫んだ。
そこの集落には僕の家もある。
瞬時に青ざめた僕の肩を、ぽん、と叩く人が居た。
「クラウドッ」
彼はそのまま元来た道を駆けだしていた。
背の巨剣の重さを物ともしないスピードで。
「ク、クラウド!!」
もう一度叫んだ時には、彼の姿ははるか小さくなっていた。
「ど、ど、どうしよう」
村人の準備はまだ整っていない。
彼はそれまで時間稼ぎをするつもりだろうか?
けれど竜は炎の使い手でもある・・・彼単独では危険すぎる。
僕は思わず振り返ってエアリスを見上げた。
馬上で彼女は艶やかに笑って、僕に後に乗るよう手招きする。
この時の彼女の笑顔はとても好戦的で、戦の女神アーテフェナのようだったが、 当時の僕にはそれを認識できる余裕がなかった。
僕がおずおずと馬の背に跨ると、唐突に馬は走り出した。
驚いたことに彼女は足を一切使わずに(というか使えないのだが)、手綱だけで 巧みに馬を操った。
みるみる駈け抜けて、とうとうクラウドに追いつく。

ああ、その時の彼の姿。
僕は一生忘れない。

すらりと抜いた彼の大きな剣。
陽光(ひかり)を反射して、その刀身に浮かび上がる蒼い紋章。
それは。
国王の軍の中でもわずか数人にしか許されていない、
国王直属剣士の証。

彼の眼前に、真っ黒な竜が翼を広げて立ちはだかっている。
ばさり、と翼が大きく動けば疾風にも似た風が巻き起こる。

ひゅおおん

ばさばさと金の髪を狂ったようにはためかせながら。
クラウドが斬りつける。
鉄よりも固い、竜の翼が。
ざっくりと裂けた。
竜が、怒りの雄叫びをあげる。

「すっげー・・・」
僕はぽかんと口を開けて見ているしかなかった。
振り下ろされる竜の鋭い爪を剣で弾き、クラウドが踏みこむ。
ぐらりと竜がよろめいた。

強い。
これが―――噂でしか聞いたことのない、
最強の蒼の剣士のひとり。

長い尻尾をぶんと振り回し、黒竜はクラウドとの距離をとった。
大きく顎を動かし、その鋭い歯を覗かせる。
「あ、火を吹く・・・っ」
いくらクラウドでも高温の炎をまともには受けられない。
だが避けようにも彼の居る足場はあまり広くなかった。
「ク、クラ・・・」

その時、キラキラと舞う透明な結晶が。
まるで僕らの周りを帷で包むかのように、降り注いだ。
きらきら。
きらきら。
とても冷たくて、痛い。
(氷の精霊・・・シヴァよ)
聞こえるはずのない声を聞いて、僕は目の前のたおやかな背を見遣る。
エアリスが僕に、微笑む。
「シ、ヴァって・・・エアリスが!?」

ぼうぅうぅん

竜の吐いた炎が、氷の結晶に阻まれて霧散した。
ちらっとクラウドが僕らの方を見て。
小さく唇の片端を吊り上げ。
「クライムハザード!」

その一閃で、決着がついた。





「知ってるわ、その『迷い竜退治』の話!」
少女はくるりとハシバミ色の瞳を僕へ向けた。
「あなたが関わっていたなんて、びっくりだわ。
 ねえ、そのふたりどうなったの!?」
くるりと茶色の巻き毛が揺れて。
彼女は僕の顔を覗き込む。
「うん、わからないんだ・・・どうなったんだろう?」
「ええー、あれから二年は経ってるのに!?」
「・・・うん・・・風の噂でもあるかと思ったんだけど」



そう。
僕はあれからのふたりを何も知らないけれど。
きっと彼らは一緒にいるのだと信じている。

あの怖ろしいほど強くて無愛想なクラウドを。
全てを包み込むように穏やかに笑っていたエアリスを。
ふたりの姿を記憶から再生させる度に。
僕はそう思う。



だって僕は覚えている。




彼らはお互いに触れる時、
とても優しい手を、していた――――――


風呂敷を広げすぎですね・・・
即興で設定した世界ですが
どこかでみたようなワンパターンですみません(>▽<;;
書き進めるうちにリクからも逸れてしまって
すみません・・・o┤*´Д`*├o
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