親父が朝も早くからそわそわしている。 ああ、今日は久しぶりに姉さんが訪ねてくるんだった。 あの派手な赤毛と一緒に。 「あら、縁。 外で待っててくれたの?」 綺麗な青緑の着物を、優雅に着こなしながら姉さんは昼頃やってきた。 ああ、姉さん! 相変わらず美人でしとやかで、全く文句をつけるとしたらあのチビで冴えない男を 不覚にも伴侶として選んでしまったことだけだよ!! 「・・・縁、久しぶりだな」 その姉さんの汚点とも言うべき男『緋村剣心』が、 当然のように姉さんの隣で佇み、にこやかに俺に挨拶をした。 まったくあんたはついてこなくてもいいのに・・・・・・ ぎろりと上目遣いに睨んでも、緋村はまるで痛くも痒くもないかのように 笑みを消しはしない。 ―――このふてぶてしさはさすが『人斬り抜刀斎』といったところか。 だが見ていろ! 俺はもう少しでお前の背丈を追い越して、今にお前を見下ろしながら 嘲笑してやる!! 何を持ってせせら笑うかは思案中だがな!! ばちばちと俺と緋村の間で蒼白い火花が散った。 しかしどこかおっとりしている姉さんはそれに気付くこともなく。 最近よく浮かべるようになった、春の女神佐保媛も斯くやあらん黄金の 微笑を俺に向ける。 「まあ、縁。 また大きくなったのね。 随分と逞しくなって・・・」 そう言って優しく俺の頭を撫でる、その行為は嬉しいけれど。 姉さん、俺はもうそんな子供じゃないんだよ―――――― 「おお!緋村君、巴!!」 裏木戸から、親父が相好を崩しながらいそいそと出てきた。 「待っていたんだよ。 緋村君、また手柄を立てたそうだな!」 「いえ、俺はやるべき事をやったまでです。 手柄とかそんなものじゃあ・・・」 照れたように頭を掻くが、俺は知ってるぞ!緋村。 実はお前は無類の目立ちたがり屋だ!! あの派手な太刀さばきといい、大きな事件が起きれば必ずしゃしゃり出るところといい、 自分が『抜刀斎』であることを隠したいように見せてはいるが、あれだけ あからさまに目つきが変われば誰でもお前がただ者でないことくらい気付く。 そしてそういうところをコイツは実は計算済みなんだ!!(力拳) ああ、むかつく!! 「ささ、上がりなさい。 積もる話をしようじゃないか」 へらへらと笑いながら親父は手招きをした。 武道がからきしな親父はどうやら緋村がお気に入りで、俺としては全く面白くない。 あいつはどう見ても二重人格だ、猫かぶりだ! どうして誰も気付かないんだああああっ!! こうなれば俺が愛しい姉さんの目を覚まさなくてはいけない。 俺の決意は巌(いわお)のように強固になった。 「・・・そうか、それではまた暫く東京を離れるんだな」 「はい。 今回の相手は一筋縄ではいきそうにありません。 なにしろ俺と同じもと人斬りですし・・・半年近くかかるかも」 ずずっと茶を啜りながらふたりは話し込んでいる。 何しろ緋村は根がじじいっぽいから話が長い。 俺の親父と並んでいても何ら違和感を感じないくらいだ。 甲斐甲斐しく茶葉を替えようと腰を上げた姉さんを、俺は土間でつかまえて、 約三か月をかけた計画を実行に移すことにした。 「姉さん・・・これを見て欲しい」 暗く沈んだ表情で俺は幾枚かの紙を懐から取り出した。 「なあに?縁、あらたまって・・・」 姉さんはただ事でない俺の様子にはっとして、真剣な面持ちで向き直る。 「こんなものを姉さんに知らせるのはどうかと思ったんだけ ど・・・やっぱり黙っておくわけにはいかなくて・・・」 この時ばかりは俺は幼子のような表情で甘えるように声を出す。 姉さんがそれに弱いことを計算に入れているからだ。 姉さんはきゅっと口元を引き締めて、俺から紙を受け取ると急いで目を通し始めた。 /証言その一/ そりゃあよ、俺だって喧嘩屋ってのは不健全だと思ってらあ。 けどよ、やっぱ幼心に大切な人を失った衝撃は大きいんだよ。 ひねくれもすらあな! それを抜刀斎のやつに喧嘩の相手が違うだの、維新は終わってないから人助けだの、いつの間にか 言いくるめられてよ、 挙げ句仲間になったら 命が幾つあってもたりねー事ばっかりなんだよっ!! /証言その二/ もともとわたし達は身よりのない彼女を可哀想に思っていろいろ親身になっただけなんですよ。 ただやはりわたし達も生活してゆく為に幾ばくかの金は必要でしてねえ。 弟子も居ない道場の経営なんてムリなこともあって、 良かれと思って土地の売買を勧めていただけのことなんです。 ふらりとどこからともなく現れた抜刀斎に邪魔されて、挙げ句殺されそうになるなんて、 どう考えても不条理じゃあござんせんか? /証言その三/ 本官は帯刀を注意しただけですっ! 素直に応じなかった為に、サーベルを抜きましたっ! 何故民衆の前であれ程の恥をかかされねばならなかったのでありましょうかっ!? /証言その四/ ・・・俺はただ部下を養う為に汚い仕事を引き受けていただけだ。 ・・・・・・しかし誰も居なくなってしまった・・・・・・ ・・・どう考えても抜刀斎のせいだな・・・・・・ /証言その五/ 我が輩は真の究極武道を求めていただけであるっ!! 気負いすぎて多少乱暴であったかもしれないが、あのように辱められることは なかったと思っている!! 姉さんは深刻な面持ちで俺の調査書類を読み耽っていた。 「姉さん」 俺はここぞというタイミングを計って口を開いた。 「姉さん、緋村は評判が悪すぎる。 敵も多い。 早く考え直して・・・」 ぐしゃ ふるふると肩を震わせながら、姉さんは書類をきつく握りつぶした。 「ね・・・姉さん・・・」 まるで彫刻のような動かない表情だが、俺には姉さんの漆黒の瞳の中に めらめらと紅蓮の炎が立ち昇るのが見て取れた。 ふっはっはっはっ!! 見たか!抜刀斎!! お前はとうとう姉さんに 見限られたんだっ!!けけけ!! 「知らなかったわ・・・」 「ね、姉さん!!(←わくわく)」 「あの人が・・・あの人が・・・ こんなに周囲に 誤解されていたなんて!!」 ――――――へ? ざざっと袂からたすきを取り出すと、姉さんはくるくるっと袖を捲り上げた。 「教えてくれてありがとう、縁。 世間様の夫への誤解を解き、真実を知らせるのがわたしの勤め! いざっ!!!」 そう言い残すと、見事なすり足で姉さんは緋村と親父の居る部屋へ向かった。 ・・・きっと姉さんは緋村から根ほり葉ほり事情を聞き出して、事件の当事者達へいかに緋村が世間の 為に尽力しているか説き伏せに回るのだろう。 あの、無口だった姉さんが。 あの、しとやかだった姉さんが。 緋村の為に変わってしまった・・・ おのれ、おのれ〜〜!!抜刀斎めっ!! うらみはらさでおくべきかーっ!!!
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