警鐘だ。
何に対してなのかは解らないが、きっとこれはそうだ。

淀む気体の底で、白い影が浮かび上がる。
ひゅるひゅると海藻の如く、蠢く影もある。

夢の中で、これは夢だと認識している自分を嘲笑(わら)いながら。
何かで汚れた自分の足が、ゆっくりと白い影へと踏み出してゆく。





歩く度、ぐじゅりぐじゅりと染み出すものは。






白い影は、美しい女体だった。
見覚えのある容(かんばせ)に、はっと息を呑む。
「と・・・」

彼女のたおやかな腕も脚も、ひゅるひゅると蠢く紐のようなもので 雁字搦めになっている。
ぱらぱらと、黒髪が乱れて、彼女は彼を見据えた。

(返して)
(わたしの、羽衣を)
(返して)

「・・・え?」
言っている意味が解らなくて、もっと彼女に近づこうとした。





ぐじゅりぐじゅりと染み出すものは。
腐った人間の、ありとあらゆる体液だ。






(お前が)
(汚した)
(羽衣を)
(もう)
(とべない)



(とべない)















「どうしてなんだ?」
唐突な質問に、思わず巴は繕い物の手を止めた。
相変わらず窓の縁に座り込んで、京都の街の空を見上げているのに。
彼の注意は、その天空ではなく、彼女に在るようだ。

「何が、ですか?」
ゆっくりと呼吸して、再び針を運びながら、巴は訊き返す。
彼の『問い』にまるで身構えるように。
両肩に、変な力みが入った。

「どうして、『白』なんだ?」
暮れ泥(なず)む陰と陽の境の空へ、彼はじっと面(おもて)を向けたまま、 言葉の続きだけを紡いだ。
―――こくっと僅かに喉を鳴らして、巴は繕っているはずの着物から、自身の身につけている小袖に 視線をずらす。
『白』の、小袖に。



「・・・・・・気に、なりますか?」
「喪の色・・・だろう?」



巴は俯いたまま、きつく目蓋を閉じた。
ぱらりと肩から胸元へ、豊かな黒髪が流れる。
その気配に感づいて、剣心はゆるゆると立ち上がり、彼女の傍に歩を進めた。
「立ち入った質問なのは解ってるが・・・」
彼はそのまま彼女を通り過ぎ、部屋の隅に畳まれている紫の肩掛けを手に取った。
さらさらと布が擦れる音がして。
ふわりと巴の肩に、それが拡がった。
反射的に巴は顔を上げ、剣心を見る。

「初めて」
肩掛けの両端を握ったまま、膝を折り、剣心は彼女の顔を覗き込んだ。
普段巴が感じることのない、彼の体温(ねつ)が彼女のすぐ前に、在る。

「初めて、君の姿を認めた時。
 君は真っ白な着物で。
 深い紫色の肩掛けをひらひらさせて。
 ―――真っ赤な返り血を、あちこちに華のように散らして」
彼女の表情の変化を僅かでも見逃さないように、瞬きもせず。
「一瞬、人間(ひと)に在らざるものかと思った。
 そう・・・錯覚した」
「・・・・・・」

剣心と巴の『間』は、布きれ一枚が作りだした小さな領域分しかなかった。
彼女の肩を包むそれは、彼の両手に支配されているので、巴はまるで 己が狭い狭い空間に取り込まれたような気分になる。

彼と自分、それだけで許容量限界の、空間、だ。

これほど近くに居ても剣心の気配は微弱で、自分の吐き出す呼吸音がやけに耳障りだった。
そう思考していると、すっと剣心の体温(ねつ)だけが、また微かに近づいてくる。

「君は、俺の鞘になると言ったけれど。
 俺の狂気を抑えると言ったけれど。
 俺にはそれが必要だと言ったけれど。
 ・・・君は?
 君はその白と紫を纏って・・・どうして此処へ?」

かくかくと、身体が震えた。
巴は小さく頭(かぶり)を振って、両腕で力無く剣心の胸元を押す。
呆気なく彼はぐらりと傾き。
その拍子にするすると肩掛けが巴の肩から滑り落ちた。
片腕で己の体重を支えて、もう片方の手で肩掛けを握り。
剣心は座り込んだまま苦笑する。
呪縛のような空間が消滅して、巴はやっと普段の自分を取り戻した。
いつもの、感情の抑揚がない、自分。
―――それを失えば彼の傍で、本懐を遂げることなどとても出来はしない。

「・・・何か、ありましたか?」
「・・・いや。
 変な夢を見たから」

立ち上がり、照れたように前髪を掻き上げ。
巴はその細い指の隙間から零れる赤毛を見つめている。
「夢を見て、ずっと考えていたんだ」
つい先刻まで『男』の表情(かお)をしていたのに、今はもう少年のそれに変わっていた。
「・・・ほら、天女の羽衣伝説を知ってるだろう?」
「はい」
「君は、自分の意志で此処に居ると言ったけれど、真実(ほんとう)は。
 俺が君を此処に縛り付けてるんじゃないかと思ったんだ。
 羽衣を盗んで、天女を地上に縛り付けた男のように」

否定しようとして、咄嗟に唇が動かなかった。
逡巡する彼女の眼前で、剣心が手放した、紫の布が舞う。
軽やかだけれど、重力に逆らうことはなく。
ゆっくりと、畳の上に舞い降りる。

「俺は・・・もしかして君を駄目にするのかもしれない。
 俺はたくさん汚(けが)れてるから、そのうち君にそれが伝染(うつ)ってしまうのが怖い。
 君はとても・・・綺麗だから」



(遅い)
(遅いの)
(疾うに貴男は、わたしを)
(何も知らないで)
(自分を卑下して)
(わたしのことばかり、心配して)
(本当は、貴男の方が)



ぐるぐると脳内を渦巻く言葉に耳を塞いだ。
わたしが彼の傍にいるのは、胸に秘めた仇を取る為だ。
けしてあなたを、切なく想ってるわけじゃ・・・ない。

巴の足袋がざりり、と畳を擦った。
右手に紫の肩掛けを掴み、同時に左手で剣心の袂を掴む。
ひゅっと息を呑んで、剣心が振り返った。

「わたしが『天女』だなんて・・・笑いますよ?」
彼女の口元はやや上がり気味だったが、その漆黒の瞳は怒りを含んでいた。
「わたしは生きている『おんな』です。
 醜いものも、火のような激しさも、嘘を吐く器用さも、 利己的な狡さも・・・全部ひっくるめて持っています。
 だから」
珍しく目が泳ぐ彼の頬を両手の平で包み込み、視線を固定させる。
互いの眼球を、これほど近くで見たのは、剣心が反射的に巴に刃(やいば)を向けて以来だった。

「だから、そんな風に、視ないでください・・・不愉快です」

なんの感情も滲ませず、巴はそう言い捨ててするりと立ち上がる。
反対に剣心は再び座り込む形になった。
するとふわりと、今度は剣心の耳朶を掠めるようにして、肩掛けが落ちてくる。
はっとして顔を上げると、巴が屈み込んで、肩掛けの両端を掴み。
「・・・捕まえた」
そう言って、きつかった目元を弛ませた。

「あ・・・」
「思い上がらないでください。
 縛り付けられるのは緋村さんかも知れませんよ?」
「・・・かっこわるいな、それは」
「そう、ですか?」


















夢をみた。



少年が膝から下を血や汚物でぐちゃぐちゃにして。
凍りついたように動かない。
じぐじぐと彼の足元から腐臭を放つ体液が染みでて、今にも自分の素足にふれそうだ。

・・・恐い。
逃げなくては。
そう思うのに。

何故か彼が哀しくて。愛しくて。

これほど汚らわしいものにまみれながらも、何処か凛とした一片の白さに目を奪われて。



音もなく肩から羽衣が滑り墜ちる。

羽衣は泥濘(ぬかる)む地面に張り付いて、濁った水分を吸い込み、重く沈み込み。



そして彼女は。


意味不明・・・(爆)

簡単に調べてみてもショールっていうのは 明治以降な感じでして(^^;
洋装から、着物に応用されたみたいな・・・。
白い着物は、前から思ってたんでこじつけっぽいですが
やってみたかっただけです・・・あはは・・・(←殴)

sumi-Tさん、うまくショールが使えなくてごめんなさい・・・(T.T)
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