ふわふわした感じの女性だった。
成熟した年齢にもかかわらず、少女と形容した方が相応しいくらい、だった。





「で、さあ」
憮然とした表情でクラウドは続けた。
「肝心な話なのに、笑うんだよ」
ぼそり、ぼそり、無愛想に漏らしてゆく。
愛想がないのはヴィンセントも同じだから文句は言えないが 何故クラウドが自分に話し掛けるのかが、ヴィンセントには解らない。
言葉は汚いが面倒見の良いシドとか、幼馴染みで少々お節介の気のあるティファとかに 相談すればいいのではないか・・・そう、思う。
「で、さあ」
俯いて、クラウドは同じ接続詞を何度も口にした。
「俺が、むすっとしてるとさ、ココ(そういってクラウドは自分の額を指差した)に人差し指をぐりぐり押しつけてさ、笑うんだ、そんな顔は駄目だって」

ヴィンセントは怒るでもなく、諭すでもなく、赤いマントにくるまれたまま 座り続ける。
斜め右前にクラウドも座り込んで、彼に話し続ける。
端から見ても、楽しそうな会話は成立していなかった。
やがて、一通り話し終えたのかクラウドは徐に立ち上がって踵を返そうとした。
「クラウド」
初めて、というか漸くヴィンセントはクラウドを呼び止め、それを予測しなかった クラウドは驚いたように目を丸くする。
「訊きたいことが、ある」
クラウドは頭を掻きながら頷いたが、まだ驚きの感情を消せないようだった。
ちらっと紅い瞳が上を向いて、ヴィンセントの長い黒髪がぱさっと音を立てた。
「・・・お前の、意図が全く解らないんだが」
「え?ああ、それは・・・俺にも解らない」

「「・・・・・・」」

ふたりの男は沈黙し、お互いを見つめた。
「理解に苦しむ男だな、お前は」
クラウドは少しむっとした顔で 「あんたこそ、わかんない男だよ」と言い返し、次の瞬間(しまった)と ほぞをかむ。
しかしヴィンセントはいっかな気にする風でもなく軽く首を動かした。
「とにかく―――わたしは、直接彼女に言うべきだと思うが?」
「そっ、それは・・・・・・っ」

クラウドは再びどっかりと腰を下ろすとやや紅潮した頬を隠すように 顔を背けたまま答えた。
「・・・彼女には、言えない。
 だけどひとりで考えてると煮詰まるんだ。
 あんたは絶対他には漏らさないだろうから・・・」

王様の耳はロバの耳。

そんな言葉が浮かんで、はて一体どこの話だったかと思い巡らせながら、ヴィンセントは 自分がその話の中の地面の穴だったわけだと漸く理解した。
つまり、クラウドの話に応えなくても、『居れば』良かったのだ。

「あれー?
 男二人がこんな部屋の隅で何してるのー?」

ひょいとふたりの目の前に褐色の髪がひらひらと現れた。
ヴィンセントはともかく、クラウドは飛び上がらん勢いで腰を浮かせる。
「エ、エアリス!?」
にこにこと笑みを浮かべながら碧の瞳をくるくる動かして エアリスは膝を抱えるようにしてしゃがみ込む。
「駄目だよ?
 休む時は休まなきゃ。
 他のみんなはちゃんとベッドの中だよ?」
小首を傾げて、ふたりの男達の顔を覗き込むように上目遣いに見つめた。
「ヴィンセントは眠らなくても平気なの?
 それとも、眠りたくないの?」

僅かにヴィンセントは眉が動く。
既にエアリスはクラウドを立ち上がらせて、彼のルームへ連れて行こうとしていた。
「おやすみ、ヴィンセント」
振り返ってにっこりした彼女の背後に、クラウドが焦った顔を半分だけ覗かせている。
「・・・ああ、お休み」
ヴィンセントも緩慢に立ち上がり、背を向けた。



(あれは、手強いな。
 クラウドには同情する)

毛足の長い絨毯を踏み締めながら、ヴィンセントは先程のエアリスを思い返していた。
彼女の所作は全体的に幼ささえ感じるのに、時折見せるあの鋭敏な洞察力は 何なのだろう?
しかもそれは相手の最深部を突いているような気もする。
(笑っている表情が印象的だが)
古代種の生き残りとして生まれ、これからを生きてゆくのは並大抵のことではないだろう。

・・・ほー・・・

踊り場の窓の向こうで掠れた梟の声がした。
木々の向こうの暗闇は、長いこと己を包んでいた暗闇の深さに似ている。
「そういえば」
エアリスの髪の色は、『彼女』の髪と同じ色だ―――・・・



どちらかといえば強いタイプの女性ではなかった。
失敗をするとよく涙ぐむ、泣き虫だった。
研究の途中だというのに、強引に外へ連れ出すと困ったような顔をして付き合ってくれた。

だが。

あの人体実験を、彼女は強行した。
彼が口を出せないほどの、『意志』がみなぎっていた。



ヴィンセントは軽くこめかみを押さえる。
眠らなくても平気だが、本当は眠ることを嫌っていた。
現在(いま)でも『彼女』は鮮明に夢に顕れるからだ。
後悔で苦くて、苦くて、顔を背けたくなる、夢。
こんな身体でも、そんな意識が残っていることが可笑しくてヴィンセントは 幾度か己を嘲笑(わら)ってきた。
エアリスは、その何処か薄暗い彼の意識を見通しているのかもしれない。

『本当の、俺を探してるって・・・言うんだ』
『大丈夫、大丈夫だからって・・・・・・』

クラウドが、自分自身に何らかの疑問を抱いていることは仲間達も 薄々感づいてはいる。
しかしその疑問に対して直接的な科白を吐いているのは、エアリスしか居ない。

(手強い)

『彼女』との過去が、ヴィンセントを急に不安にさせた。
もしもの時、エアリスも『彼女』と同じように誰にも告げずに 行動するとしたら。
そして何処かしら不安定なクラウドに
『その時』が気づけるのだろうか――――――?





部屋に辿り着いたヴィンセントは、バルコニーの窓を開けた。
ふと視線を下に見遣ると、クラウドとエアリスが肩を並べて歩いている。
ホテルの、小さな中庭を照らす外灯が、ぼんやりとふたりを 芝生から浮き上がらせていた。
やがて、ぎこちなくクラウドがエアリスの左手を握った。
照れるように金糸の頭が俯いて、 ピンクのリボンが小刻みに揺れている。



(・・・地面の穴の役は終わりだな)
ヴィンセントはふわりとマントを翻して、音もなくバルコニーの窓を閉めた。

あの、若者に。
言うべき事が出来た。
―――苦い夢をこれ以上増やさないように。


ゲームの流れからすると忠告は間に合わなかったようです、
ヴィンセントさん(爆)
視点と言うより、巻き込まれって感じですが
よろしかったでしょうか? …o(;-_-;)oドキドキ
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