「あーあ、本格的にはぐれちゃったあ〜」 あっけらかんとした声でエアリスは大げさに 溜息をついて見せた。 「なんだか全然深刻そうに聞こえないな」 クラウドは諦めたような顔をして振り向く。 それはつい一時間ほど前のこと。 レベルは中くらいとはいえ、大量のモンスターと出くわした 彼らは応戦するうちに散り散りになってしまったのだ。 クラウドとエアリスは敵を薙払ったものの、深い森に迷い込んで 歩き続けてしまう羽目に陥っていた。 「だって〜、クラウドがいるんだもの」 小さく肩を竦めて、悪戯っ子のような顔をして。 少し、ドキドキした。 慌てて頭(かぶり)を振ってごまかすと、クラウドは 深刻そうな声音で話す。 「あのなあ、エアリス。 周りを見てみろよ。 この森、変だぞ。もっと警戒しないと」 言われてエアリスは細い首を巡らせて周りに視線を投げた。 深い、群青色の幹を持つ大木達。 黄色みを帯びた輝きを放つ、複雑な形の葉。 陽の光が折り重なった樹々の枝の隙間から差し込むが 何故か赤銅色に地面を照らす。 ・・・眩暈がするような配色。 「きもちわるーい」 たっと駆けて、クラウドの左腕を掴んで寄り添う。 「え?え?」 反射的に掴まれた腕を挙げようとしたのを エアリスはくん、と押さえて笑った。 「ほんと変な所ね。 はぐれないようにしないと」 年上の余裕なのかエアリスに翻弄されっぱなしのクラウドは やや不満げに眉間に皺を寄せたが 彼女のしなやかな腕の感触に悪い気はせず、 黙ってそのまま歩いた。 エアリスの赤いリボンが踊るように揺れる。 りんりんと鈴の音が鳴るようだ。 何か彼女は話しているようだが 頭の中に入ってこない。 まるでサイレント映画を観ている気分になる。 そういえばさっきまで踏みしめていた濡れ落ち葉の べたべたした感覚が靴の裏から消えている。 なんだ? 唐突に立ち止まった彼の腕をすり抜けて エアリスは数メートル先を歩く。 いけない。 本能的にそう感じた。 「・・・エアリス、待てよ!」 彼女は反応してゆっくりと振り向いた。 嬉しそうに手を差し伸べる。 その指先に濃い、長い髪。 がっしりした身体。 (誰だ?) 当たり前のように彼女に笑いかける、知らない男。 (―――いや) よく知っている、筈の男。 だが。 (だ、れだ・・・) 明るい微笑みのエアリス。 右手と左手を固く握り締めて。歩く。 胸の辺りが気持ち悪かった。 むかむかするような、苛立ち。 前に聞かされた、彼女の初恋の相手のことを 思い出す。 (あいつのことか・・・?) 浅黒い横顔に、薄青の瞳。 ソルジャーだと気付いて、愕然とする。 あんたが、気になってたっていう、男。 あいつか? そんなに嬉しそうに――――――――!! 声を出そうとしたがうまく唇が動かない。 微かな苛立ちがたちまち膨れ上がって、胸に溢れて、止まらなくなる。 (ちがう) (ちがう) (ここに、居るはずのない、男) 下唇を思い切り噛み締めた。 苦い、鉄の味。 エアリスは、彼女たちは、どんどん先へと向かう。 これ以上、離れたら。 掴まえられない。俺の傍から、失くしてしまう・・・? 「エアリス!!」 堰を切ったように大声で叫ぶ。 動くことを忘れていた脚が走る。 「―――エアリスッ」 追いついて、彼女の肩を抱きすくめて。 そのまま、倒れ込んだ。 どのくらい、そうしていただろう。 彼女を抱きしめたまま、冷たい地面に転がっていた。 自分の腕の中の温もりを離したくなくて 力を抜けずにいた。 「・・・ひ・・・っく」 しゃくり上げる彼女の声に気付いてようやく腕の中を覗き込む。 ぼろぼろ泣きながら彼女はクラウドの顔を見上げた。 慌てて上半身を起こして、彼女の服に付いている枯れ葉を払い落として。 それから今度はエアリスの顔を覗き込むようにした。 「え・・・と、俺・・・」 「よかったあ・・・」 泣きじゃくりながらエアリスは子供みたいに 口元を震わせた。 「憶えてないはずなのに、母さんと父さんがいたの。 小さなわたしを庇って父さんが殺されたの。 ・・・クラウドを呼んだんだけど何処にも居なくて。 ずっとずっと呼んだんだけど・・・・・・」 頬を伝って幾つも落ちる雫。 クラウドは彼女の背中を軽くさすりながら 唇で彼女の頬の涙を吸い取った。 温かくて、しょっぱくて、愛しい液体。 唇は柔らかな彼女の頬を移動しながらやがて彼女の唇に辿り着く。 彼は掴まえることの出来た身体を抱きしめて。 彼女は呼び続けた人の腕の中で。 幾度も幾度も、確認する――――――――― 「眠っちゃってるよ」 「おーお、仲良く手を握り合っちゃって」 「・・・・・・」 「やだなあ、ティファ。 そんなにジト目で見てないで、無事ふたりとも見つかったんだからいいじゃない、ね?」 「それにしてもよくふたりを見つけたね、ユフィ。 この森はオイラの鼻でも大変なのに」 「ふん、森から森に出没してはマテリアを盗んでたやつだからな。 森は住処みたいなもんだろーぜ」 「それ、ちょー失礼〜〜バレット!」 「・・・急ごう。ふたりを起こして夜のうちに この森から出なければまた幻覚に踊らされるぞ」 「ヴィンセントはんのゆーとーりや! ボクが運びますから、はよ出まひょ」 ・・・そこは日光によって葉脈から幻覚作用のある物質を 出す樹が大量に生息している森で有名だった・・・・・・
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