影が長く伸びる。
小さな、本当に猫の額ほどの花壇に。
これまた小さな小さな花たちが揺れていた。
白い指がそこへ伸ばされる。
花々に触れるか触れないかの、距離で。

「・・・うん、元気」

思えばつい最近まで大地そのもの力が 弱まっていたのだと思う。
植物たちは芽吹き、花咲き、実をつけてはいたが、 どこかしら受ける感じが『重』かった。

「うん、元気」

もう一度同じ言葉を繰り返すと、ゆっくりと立ち上がる。
淡いピンクのスカートが風に揺れた。



「エアリス」

いつの間に近づいてきていたのだろう。
彼女を呼ぶ、馴染みの声。
「レオン、どうしたの?」
エアリスと呼ばれた女性はひとつ結びの長い髪がぴょん、 とはねるくらいの勢いで振り向き、彼の名を呼んだ。
ふわりと微笑んだその表情は、 彼女の実年齢よりやや彼女を幼くして見せる。
レオンは紅く染まる夕陽を背にしながら、腰に手を当てた。
「もうすぐ再建委員会の会議だぞ。
 いつまで経っても庭弄りから帰ってこないから呼びにきた」

あきれたように笑う背の高い幼馴染を、
エアリスはやや眩しげに見遣る。
「わたし、難しいことわかんないし。
 別に行かなくてもいいかなと思うんだけど」
首を小さく傾げながら、エアリスは土に汚れた手を ひらひらと振って見せた。
「・・・おまえなあ」
レオンはかりかりとダークブラウンの頭を掻いて、深い溜息を吐く。
それからつかつかと歩み寄ると、ぽかりとエアリスの頭をはたいた。
「いた!
 もう、暴力反対!」
「どっちかってゆーとおまえは中心メンバーだろが。
 おまえのその圧しの強さは、結構頼りがいがあるしな」
けなされたのか、誉められたのかわからず、エアリスは ぷくりと頬を膨らませる。
「やること決まればいいけど、ぐだぐだ話し合うの嫌いだもん。
 今日は花たちのご機嫌も良いし、まだここに居たいな」
「・・・花のごきげん、ね」
昔も今も不思議なことを云い出す娘だ。
レオンは夕陽の赤に、うっすら染まりだした彼女の顔を 見つめた。
しかし彼女のその突飛な物言いが、実は正しかったことも レオンは知っている。
そう。
何度も、何度もレオンはそれを目撃してきた。
彼女には不思議な力があるのだ、きっと。

魔法は使える。
杖(ロッド)捌きも上等だ。
だがそういった類(たぐい)の物ではなく。
それは。
自然とか人の心とかに、直接作用する何か、だ。

レオンは汚れたままの彼女の指をこっそりと見た。
(こーゆーの、違和感ないよな)
花に対しても、人に対しても。
そして自分に対しても。
真っ直ぐに、伸びやかに、その碧の瞳を向けてくる。
(こんなに汚れてるのに)
(汚くない)
(だから、あいつも―――)

「レオン?」
いつの間にか押し黙った彼へ、不思議そうにエアリスは 声をかけた。
はっとしてレオンは顔を上げる。
「何?
 どうかしたの?」
心配そうにエアリスは腕を伸ばしたが、土にまみれた 指に気づいて、レオンに触れる寸前で動きを止めた。
しかしレオンは気にすることもなく、差し出された右手を 掴む。
さりさりと、乾いた砂がふたりの手のひらの隙間から こぼれ落ちた。

「・・・汚れちゃうよ?」
「そんなの、気にしないさ」
戯(おど)けたように答えれば、エアリスはえへへと照れくさそうな 笑みを返す。
「やっぱわたし、会議に出ないとまずい?
 だから困ってたの?」
「・・・いや」
近くで見れば、彼女の額にも跳ねた泥が小さくこびり付いていた。
レオンは空いていた手で、その泥をぐいと拭う。
「あれ?
 こんなとこにも泥散らしてた?
 気づかなかったなあ」
「意外に“近く”を見てないんだな」
「うう〜そうかな?」
「そうだよ」

繋いだ指は、まだそのままだ。
相変わらずさりさりと渇いた砂が零れてゆく。
レオンは沈み行く夕陽に目を眇めた。
ここは小高い丘になる。
見下ろせば街の殆どが視界に入った。

「ここで、待っているのか?」
「・・・うん、時々」
「おまえ我慢強いな」
「どうして?」
微かに笑みを浮かべながら。
エアリスは隣のレオンを見上げた。
「いつ帰ってくるかわからない。
 帰ってきても留まらない。
 いつまでもいつまでも自分の闇を探してるんだぞ、あいつは」

温(ぬる)んだ風が、ふたりの髪を玩ぶ。
エアリスはじっとレオンの瞳を覗きこんだ。
「・・・恐がりだよね、彼。
 闇と光はほんとは同じものなのに、それに気づきたがらないなんて」
「おまえは、でもそのことをあいつに云わない」
「・・・自分で掴まなきゃ、ダメだからだよ」
どこか哀しそうにエアリスは笑った。
レオンは思わず握っている指に力を込める。
さりさり、さりさりと砂が風に舞った。

と、その時。
エアリスの瞳が大きく瞠られた。
振り返らなくても、レオンにはわかる。

あいつだ。

ちり、と胸の奥の灼ける音を無視して。
レオンはもう片方の手でエアリスの頭をぐしゃぐしゃと 撫でた。
「・・・待ち人来る、だ。
 会議には俺だけが出る。
 時間は気にしなくていいぞ」

ぐしゃぐしゃぐしゃ。

くすぐったそうに笑いながら、エアリスが頷く。
ふたりの背後に。
草臥れたマントをはためかせながら。
金の髪の青年が立っていた。

「・・・クラウド」
エアリスにそう呼ばれた青年は、やや照れくさそうに 瞬きを繰り返す。
レオンはひらひらとエアリスに片手を振ると、大股で歩き出した。
程なくクラウドに近づくと短く「よっ」と声を掛ける。
レオンのダークブルーの瞳とクラウドのペールブルーの瞳が。
ほんの一瞬。
強烈に交わった。

「・・・・・・」
無言のままクラウドは視線を反らし。
レオンはそのまま軽やかに歩き去っていった。
ふたりの背はどんどん離れてゆくのに、じりじりと口内が苦(にが)る 感覚がして、クラウドは思わず顔を顰める。

「お帰りなさい、クラウド」
「あ、ああ・・・」
弾かれるように目線を上げれば。
エアリスがいつの間にか傍で優しく微笑んでいた。
土で汚れた手を腰の後で組んで。
依然と変わらない笑顔で。
―――エアリスが、笑う。
ピンクのリボンが、彼女の頭の上で優しく優しく 揺れている。

「―――ただいま」
ぼそりとそう呟き。
クラウドはいきなり右手を伸ばして、 それをエアリスの頭の上に置いた。
「え?え?急になあに?」
慌てる彼女を尻目に、そのまま乱暴に頭を撫で回す。
「ちょ、ちょっと・・・!
 いきなりどうしたの?」
「消毒だ」
「え?」
「・・・・・・」



ふたつの影が、夕闇の中で抱き合うまで。
あと僅か。



似非キンハー・・・すみません!!(土下座)
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