満天の星。

冴え冴えと。

まるで光が降ってくるような、夜。





その老人は寒そうに背を屈めてぽつりと立っていた。
彼の視線はさっきから一点を見つめて動かない。
夜も更けて、人通りもまばらだ。
時折老人の吐き出す息の音がやけに大きく聞こえてくる。


「じーさん」

ふいに声を掛けてきた者がいた。
人が近づいてきたような気配はしなかった。
びっくりして老人は振り向く。

そこには黒い外套を羽織った青年が立っていた。
整った顔立ちに色白の肌。
薄い唇が紅く目立つ。
目深に被った黒い帽子の鍔を少しずらすと鋭い眼光が覗いた。

「じーさん、いつまでそうやってるんだ?」

艶麗な容姿に似合わない、飄々とした喋り方で青年はまた老人に 話しかけた。

「わしにもわからん・・・」
淋しそうに老人は呟いた。

「その箱、贈り物だろう?
 渡さないのか?」
青年が指さした先には小さなリボンを付けた 紙の箱があった。
小脇に抱えていたその箱を正面に持ち直し、老人は 背中越しに振り返る。

平屋建ての粗末な家屋がそこにあった。
建て付けの悪そうな窓からは暖かな灯りが零れている。
部屋の中では二人の母子が談笑していた。

「わしにはもう渡せない」
「どうして」
「・・・遅すぎたんじゃ。
 それにあいつらもわしのことなど、忘れてしまったじゃろうし。
 わしはひどい 男じゃったから」

青年はしばらく老人の顔を眺めていたがすっと屈み込むと 老人の耳元で囁いた。

「・・・俺が渡してやろうか?」

「し、しかし・・・」
驚いた老人は信じられないといった様子で、 それでも望みが叶うものならばと考えた。

「できるのですか?」
「もちろん」

青年はにっと笑うと、老人の手から箱を受け取った。
そしてそのまま家の玄関へと入っていく。



やがて窓の向こうに青年の姿が見えた。
母親になにやら話しかけている。

彼女は最初、戸惑っているようだったが
やがて青年から箱を受け取るとそれを 傍らの子供に手渡した。
開けていい?と、子供は母親に聞いたようだった。
優しく微笑んで母親は頷いた。
子供は急いで箱を包んでいる包装紙を破り取った。
中からブリキのロボットが出てくるとぱあっと満面の笑顔を浮かべる。


その様子を外から眺めていた老人の目には涙が溢れていた。
ずっと思い描いてきた子供の笑顔。
嬉しかった。
それと同時に激しい後悔が襲ってくる。

自分は、なんと愚かだったのか。
こんなにすぐ近くにかけがえのないものがあったというのに。

後から後から涙が止まらない・・・



「これでいいのでしょう?」
いつの間にか青年が目の前に立っていた。
何度も何度も頷きながら老人は泣き続けている。

「わしは、わしは仕事もろくにせずに博打に溺れた。
 終いにはあいつらを捨ててあちこちを渡り歩いた。
 ・・・しかしずっと心の拠り所はこの家だった。
 もっとはやく、帰ってきてやれば・・・」

がくりと膝をつき、老人は項垂れる。
青年は煙草を取り出し、火を点けた。
白い煙がゆらゆらと満天の星空へ立ち上る。
家の中では子供が嬉しそうにおもちゃを母親に見せていた。

「わしを、わしをあそこへ連れていってくれんか。
 あんたなら、出来るのじゃろう?」
外套の裾を握って老人は懇願するが青年は即座に否定した。
「ムリですよ。
 あなたはまだ向こうに行くことを許されていない」



―――無言で老人は立ち上がると肩を落としてゆっくりと歩き去っていく。
しばらく青年・・・夢幻魔実也はその背中を見送っていたが やがてもう一度家の方を振り返る。

そこには先程の窓灯りはなく、枯れ草の生えた小さな空き地が残っていた。
もう随分前に焼失して、そこに住んでいた母子もその時 亡くなったと聞いている。



「メリークリスマス、か」

ぽつんと転がっているブリキのロボットを拾い上げ 魔実也は被っていた黒い帽子を手に取った。
そして帽子の中にぽんとそのロボットを放り込む。

「・・・忘れ物だ」

そういって魔実也は星空を仰ぎ見る。
・・・どこからか聖歌が微かに聞こえてくる。



再び帽子を被り直すと夢幻魔実也の姿は夜の闇に溶け込んでいった。


ちょっと気の早いクリスマスのお話。
昭和初期にはすでにクリスマス行事はあったでしょうが
どういうふうに祝ってたんでしょうね?(←いーかげん)
なんか薄情なまみーが続いてたので今回は“いいひと”にしてみました(^_^;)
でもやっぱ薄情な方がいいですか、怜さん?
ところでまみーは自分のことを
「僕」、「俺」、「私」と使い分けて いらっしゃるようですが、
「僕」が一番多いようです。まぎらわしい・・・(笑)
[Back]