きゅ、と慣れた手つきでエアリスは包帯を巻いてゆく。
「かすり傷だぞ、大袈裟だ」
むっつりと吐き捨てるようにかけられた言葉にも 彼女は動じない。
「油断大敵。
 ケアルで傷を回復させたって、蓄積された肉体の 疲労までは癒せないもの。
 こんな時はチャンスだと思ってゆっくり休むべきだよ」
はい、お終い。
クラウドの左腕の包帯を巻き終わって、エアリスはさらりと立ち上がると、 すぐ側の窓を半分ほど開け放した。
「いいお天気。
 風の匂いがする」
そよそよと吹かれるエアリスの長い髪を見つめながら。
クラウドは彼女に気づかれぬように軽く唇を噛んだ。
「・・・ティファたちは?」
「うん、それぞれの用事を済ませてくるって。
 物資の補給とか、息抜きとか、この地方の調査とか」
「あんたは?」
そう訊ねた時、エアリスはふわりと顔を綻ばすと。
まるきり少女のような表情で笑った。
「えへへー、クラウドのお守り」
「・・・は?」
思わず間抜けな声で聞き返す。
すとん、とまた椅子に座ってエアリスはことり、と首を傾げた。
「だぁからー、クラウドの看病ってとこ?」
あからさまに眉間に皺を寄せ、クラウドは不機嫌そうに口を開く。
「たいした傷でもないのに、どうしてあんたに面倒看てもらわなきゃ ならないんだよ」
俺はそんなに皆に信用ないのか、と言外に意味を含ませると。
エアリスはまたふにゃり、とマシュマロのような 笑顔を浮かべる。
「わたしがね、頼んだの。
 クラウドの筋肉と精神の疲労がかなりヒドイから、休ませようって。
 わたしがちゃあんとクラウドを見張ってるから、みんな 好きな時間を使ってって」
「・・・・・・」

多分エアリスは自分をだしにして、仲間たちに休息を取らせたんだ。
クラウドはこれまでの経験からそう考えた。
確かにここ数日、強行軍だった。
宿もろくなところがなかった。
この街は明るくて、穏やかで、経済的にも安定していて。
羽根を休めるには打って付けだろう。

だったら。
「だったらあんたも行きたいトコ行けよ」
ぶっきらぼうにそう告げても、エアリスはやはり柔らかく笑ったまま 何も云わない。
      クラウドはまた小さく唇を噛む。
こうやって、いつも。
自分より他人(ひと)を優先して。
さり気なくお膳立てをして。
俺は思い知らされる。
彼女が、自分より遥かにオトナなのだと。
それを突き付けられる度に、苛々して悔しくて。
どうしようもなくなる。
「わたし、クラウドと居るの、好きだし。
 役得って感じ?」
無防備な柔らかさで笑む彼女は、見ず知らずの他人が見れば、きっと 騙しやすくて御しやすい、か弱い女性と映るだろう。
(とんでもない)
くっ、と喉の奥で嘲笑(わら)って。
クラウドは真っ赤な林檎をくるくると剥き始めた、 その白い指先を眺める。
(誰にも覆すことの出来ない、意志)
(曲げることの出来ない、信念)
例えば彼女が何かしらの理由で。
自分たちから離れようとすれば。
きっと誰も・・・クラウドですら、止めることは出来ない。
漠然と、しかし確固としてそれを感じているから。
クラウドは何度も何度も、彼女から隠れるようにして、唇を噛む。
己の不甲斐なさが、悔しくて。

「はい、食べる?」
幾つかに切り分けられた白い林檎を、さくりとフォークで刺すと。
まるで「あーんして?」と云い出しそうな勢いで、エアリスが クラウドの鼻先にそれを差し出した。
「・・・・・・」
「食べる?」
頷けば、きっと「あーん」だ。
かといって、要らない、と云っても。
強引に「あーん」が待っているような気もする。
・・・さて、どうするべきか。

不意にクラウドはエアリスの手首を掴んだ。
「え?」
驚いたエアリスは思わずフォークをぽとりと落とす。
「林檎より」
そのまま彼女の軽い身体を持ち上げて。
どさりとその上半身をベッドの海に沈める。
「・・・林檎より、先に欲しいものあるんだけど?」
呆気に取られていたエアリスの頬に、微かに赤みが走った。
まっしろなシーツの海に散らばる長い髪が、 窓からの風を受けて、小さく揺れる。
「欲しい、もの?」
ほんのりと紅い唇がおずおずとそう象る。
クラウドは彼女の碧の瞳に、自分の姿を映り込ませた。
「うん・・・そう」
「えっと・・・」
返事を待たずに、クラウドはエアリスに覆い被さると顔を寄せた。
ちゅ、と何度も軽く啄み。
やがて緊張の解けた唇を割り開く。
「ん、ふ」
微かに漏れる吐息に煽られるように、今度は深く深く舌を差し込む。
ざらりとした感触とぬめる肉の厚みが。
絡んで離れて、また絡む。
こうやってどこかで彼女と繋がっていれば。
クラウドの抱える不安が霞むような気がした。
クラウドの腕の中に、しっかりと彼女を繋ぎ止めて。
彼女の中に自分の何かを残し続ければ。
何よりも何よりも、強く彼女を・・・自分の傍から離さなくても すむかもしれない、と。

胸元のボタンを全部外して、まっしろな首に吸い付く。
身動ぎながら甘い呼吸を繰り返す、彼女の鎖骨を噛んだ。
「いや・・・、んっ」
肩に引っ掛かるブラウスをそのまま下ろせば、白い下着だけが 大きく上下する彼女の胸を隠している。
もどかしげに下着ごとまろやかな胸を掴んで、唇と舌を滑らせた。
「あ、だめ・・・まだ明るい、のに」
「関係、ないだろ?」
エアリスの指が、クラウドの金糸を梳(くしけず)る。
「もう・・・クラウドだって休まない、と・・・あ!」
ふるりと零れた胸の頂きを、クラウドの舌が包んだ。
たまらず仰け反ったエアリスの腰へ腕を回して、身を捩る動きを 封じる。
「うるさい。
 俺は俺の、したいようにするから」
「・・・クラ・・・」

困った我が儘ね、そんな風にエアリスは溜め息を吐いて クラウドの頭を抱いた。
断続的に与えられる快感に小さく呻きながら、クラウド大好き、と 囁く。
あなたがこうして抱いてくれたら、何にもなくてもいいと思う。
こんな幸せはないと、思う。
あなたに溺れて、流され続ければ・・・ ほんとになぁんにも要らないはずなのに、ね?

「あっ、は・・・ああ!」
熱い楔を打ち込まれて、エアリスは頭が真っ白になった。
ただ、身体を貫く痛みと快楽とに全てを任せる。
「はっ、はっ・・・っ!」
クラウドの息がどんどん荒くなって。
縺れ合うふたりの動きが、ぎしぎしとベッドを揺らした。
(熱っ・・・)
クラウドは次から次に流れる汗に閉口した。
けれどそれが、彼女の目元や頬に飛び散ってゆく様は気持ちが良い。
うっすらと目を開いて。
てらてらと濡れた唇からは、自分の名が漏れる。
彼女の大腿を掴み、揺さぶり、 その白い肌に鬱血を残すのはクラウドだけだ。
自分だけの、エアリスが      この手の中に居る。
それは目眩がするほど幸せな事実だった。
だから繰り返し繰り返し、自分の全てを注ぎ込むかのように。
クラウドは、抱く。







「色変わっちゃった」
ミルク色の皿の上に載る林檎を見て、エアリスはどうしようと 溜め息を吐いた。
「もう、クラウドったら先に林檎食べてくれれば良かったのに」
クラウドはその白くたおやかな背に口付けしながら、笑う。
「あんたの方が先に欲しい、って云っただろ?
 だから俺はかまわないよ」
「え?何がかまわないの?」
首を捻ってクラウドの方へ向いたエアリスの、 不思議そうな視線が可笑しい。

「はい、あーん」って茶色くなった林檎を。
君に差し出されたら。
今の俺は。
きっと素直に口を開ける。
・・・この地上の何より、君の願いであれば。

      そう、たったひとつの例外を除いて。



それは君が

この腕から消えること


甘いのと何かをはき違えてる気がします(^-^;
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