木漏れ日の差す細い道を、歩く。
春の訪れを迎えてまだ間もないというのに、 背中が汗ばんだ。

「いい日和ですね」
ほう、と一息ついて。
巴が話しかけた。
「疲れた・・・?」
一歩先を行く剣心が振り返る。
巴は柔らかく微笑すると、こくりと頷いた。
少し前までは遠慮して「大丈夫です」と云うに違いなかったのに。
一瞬剣心は動きを止めて。
うっすらと耳朶を赤く染める。

(素直なのも可愛い、な)

巴は小さく首を傾げて、不思議そうな顔をした。
「どうか、されましたか・・・?」
「え?い、いや何でもない」
ぱたぱたと右手を振って、そして剣心はその手を巴に差し出した。
「あそこに腰掛けられそうな岩があるから、少し休もう」
躊躇いもなく自分に伸ばされた巴の手を、ぎゅっと握り締めて。
剣心は何かしら高揚した気分を感じた。
(こういうのを、なんて表現するんだろう?)
彼女の手を引きながら、剣心は思考する。
似たような感覚は、巴と出逢ってから幾度か知ることが出来た。
戸惑いと愛しさと優しさと。
そして哀しみが入り交じった、複雑な感情。
けれどそれは剣心を負へと傾かせるものではなく。

「どうされました、ぼんやりとなさって」
「・・・いや、自分でもよくわからなくて」
「え?」

やがて小振りな岩に巴を腰掛けさせると、剣心は腰にある竹筒の水を手渡す。
「もう少しで街道に出られると思うから。
 急ぎとはいえ、山道を歩かせてすまなかった」
「いいえ、あなたのお仕事ですし。
 何よりあなたとこうして旅してることが、なんだかとても楽しくて」
「・・・そ、う?」
「ええ、あなたは?」
くすくすと笑いながら、巴はこくりと手渡された水を飲んだ。
細く白い喉が、幾度か蠢く。
「俺も、もらっていい?」
急な申し出に巴が驚く間もなく。
剣心が巴の唇を塞ぐ。
「・・・んっ」
するりと舌が入り込んできて、巴のそれを絡め取る。
彼女の後頭部を抱き込むように剣心の左手が動く。
隙間もなく合わされた唇もそのままに、 ぐいと巴は後頭部を押さえつけられた。
やや息苦しくなって、巴の指が剣心の肩を掴む。
ぎゅっと引っ張られた襟元が乱れて、剣心の鎖骨を露わにした。
「ん・・・ん・・・っ」
巴を見上げる形になって、そのまま剣心の口付けは続く。
巴がまだ飲み下していなかった水が、ぽたぽたとふたりの唇の 隙間から零れて。
「あ、ふ・・・」
薄く目を開くと、滴る雫が剣心の鎖骨のくぼみに落ちてゆくのが 巴の視界に映った。
その濡れ具合が妙に瞳に焼き付いて。
巴は再びぎゅっと目を閉じてしまう。
鼓動がいきなり早くなって、ただでさえ酸素不足だというのにますます 息が苦しくなってゆく。

「・・・ごちそうさま」
ようやく剣心が唇を離し、その濡れた顎を無造作に腕で拭う。
ぼ、と顔に火のつくような感覚がして、巴は首まで真っ赤に染めた。
「も、もう!あなたったら・・・急に・・・」
剣心はくるりと顔を背けて怒り出した巴に、 心外だと云った表情(かお)をした。
「だって、巴が誘うから!」
「え?え?な・・・」
思いも掛けない言葉に、思わず振り返る。
「水、飲むだけであんなに・・・あんなに・・・」
剣心は少しむくれて、 それでも辛うじて「艶めいて」と云うのをこらえた。
自分が勝手に欲情したのを、多少自覚していたからだが。
「・・・・・・」
巴はまだゆでだこ状態のまま、自分より低い位置にある剣心の顔を睨む。
「も・・・もう少し」
「?」
「ゆっくり、してください。
    いきなりだと、心の臓にとても悪い、です」

真っ赤に染まった目元。
しっとりと潤んだ瞳。
やっとのことで吐き出した、その言葉。

「・・・と、もえ・・・」
剣心は片膝をついていた状態から身を起こすと、両腕の中に 巴を抱き込めた。

(なんか、すごく、愛しい)

掴めそうで掴めなかった、その存在が。
欲しくて欲しくてたまらなかった、巴が。
こうしてすぐ傍で。
こんな風に自分を見つめて。
この感覚を。
この満ちてゆく温かさを。
(なんて、呼べばいいんだろう?)

巴は微かに身動ぎして。
そしてその白い腕を精一杯、剣心の背へと伸ばした。
彼の匂いを吸い込むように深呼吸すると、くすくすと小さく笑う。

「あたたかい、です」
「・・・今日は天気が良いし」
「春、なんですね」
「うん、多分夏ももうすぐだ」



ふたりを満たす、まるで胎内に在るかのような、この温かさを。
なんと呼べば良いのか。
      本当は、知っている。

彼も彼女も、己には相応しくないと。
手を伸ばしてはいけないと。
そう、言い聞かせ続けていた。
だから、言葉にはしない。
“それ”に。
気づかない、わからない振りをして。



「町に着いたら、小さな家を借りよう」
「長くなりそうなのですか?」
「わからないけど、そのくらいは我が儘してもいいかな、と思うんだ」
「・・・そうですね。
 あなたと、わたしと」
「うん、ふたりで」







      “幸せ”な夫婦だと、世間(ひと)は見て、 くれるだろうか。


夫婦で初任務地へ。 旅もふたりなら甘いかな、と(^-^;
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