寒い

寒いのよ



どうしようもなく凍る指先を温めて

ばりばりと張りつくほど凍る息を、溶かして欲しい



震えが止まらなくて
心臓が止まりそうで

でも何に縋ればいいのか



とくとく、とくとく

流れてゆく血の音が




ああ、鼓動の音、だけが―――――――――・・・





痩せこけた、猫のような少女がコンクリートの灰色の床に転がっていた。
色素が抜けたような髪は散切りで、所々ごっそり髪が抜け落ちたと思われる頭部の、白い地肌が 丸く見えている。
元々は白かったはずの拘束服はやはり薄汚れて、やはり鼠色だ。
何を語ることもなく、ただガタガタと震えている。

「彼女が、犯人ですか?」

視線を逸らすことも、眉を顰めることもせずに黒尽くめの服の青年は まるで鞄か何かを其処に置くように、言葉を落とした。
「そうです」
対照的に白い服を羽織った、背の高い老人医師は張り付いた笑顔を青年に向けながら 頷く。
「あなたも大まかなことはご存じでしょうが」
医師はごほんと咳払いをすると片手を腰に当てて、ゆっくりと背伸びした。
部屋の真ん中で転がっている、少女の周りを靴音を響かせ、少女から一定の距離を 保ちつつ、歩き続ける。
ごほんとまた咳払い。

「こんな細い躯の何処にそんな力があるのかと疑ったのですが、
 彼女はなんと素手で自分の倍の背丈はある男性の腹を引き裂いたらしいのです。
 男性の赤やピンクや紫の臓物を掴みだし・・・おおっと、心臓はそのままでしたな・・・、
 こっぽり空いたその躯に頭から突っ込みまして。
 手足を出来うる限り縮めて」

ぶほぶほっと下品な笑い方をして、老医師はつるりと髪のめっきり薄くなった 己の頭を撫で上げる。
「いやはや、その光景たるやこの目で見てさえ信じられません。
 まるで胎児のようにその男の腹の中で彼女は両手両足を折り曲げて、―――すっぽり収まっておったのです!
 あなたは信じられますか?
 辺りは血の海、腑(はらわた)の海!!
 吐きそうな悪臭と錆びた鉄の匂い!!
 全く!全く!
 これほどの症例に出会えるとは!!!」

老医師の声はどんどんと大きくなり、側にいてカルテを持っていた中年の看護婦は これ見よがしに嫌悪を顕わしていた。
話題にされている肝心の少女は外界から遮断されているように何の反応も見せず、 ただ、丸太のように其処に転がったまま、震えている。


「・・・・・・」
黒スーツの青年は無表情のまま突っ立っていたが、黒曜石のその瞳が やや格子の填った小窓の方を向いているところから少々うんざりしているらしいことが 見て取れた。
それでも彼は小さく息を吐くと、頬がやや紅潮した医師の方を向き、 質問する。
「それで僕にどうしろと?」
医師は待ってましたとばかりにがばっと青年の方に躯を向けて ずり落ちそうな厚い眼鏡を掛け直した。
「そう、それだよ!!夢幻君!」
老医師は唾(つばき)を飛ばしながら両手を大仰に上へと広げた。
「君は随分前、寝たきりの患者の意識と接触したな?
 あれだよ、あれをこの患者に施してはくれまいか!?」

「・・・先生は、彼女と話がしたいんですか」

被ったままの鍔広の黒帽子が右斜め下へ揺れる。
半分しか覗けなくなってもその眼光は相変わらず強烈で、 陽に焼けていない肌にぽつんと映える唇が艶やかだ。

「そう。全くその通りだよ!
 私は是非この患者の話が聞きたい。
 どのように生まれ育ち、どのように犯罪を犯す経緯に至ったのか―――知りたいのだよ!」



これほど狂った少女など有無を云わさず処刑台へ送ればいいのだと、看護婦は 薄い皺の寄った唇の内側で、もごもごと呟いた。
それもするりと移動した青年の所作に目を奪われたため、一瞬にして霧散したが。

青年は猫のように足音も立てずに少女の傍に佇み、微かな衣擦れの音だけさせて屈み込む。
震えが止まらずに芋虫が這いずり回るように床を移動する少女の、 その耳元にその紅い唇を寄せて、囁く。





「寒いのか?」

がちがちと歯が鳴り続ける。

「温かく、なりたいのか」

引きつって、硬く張った少女の蒼白い頬にぽろりと涙が一粒だけ転がった。

「・・・解った」





青年はそうっと両掌を少女の肩に置いた。
やがて、彼らの躯の輪郭線がぼんやりとした白く光り始める。
・・・少女はずっと見開いていた眼(まなこ)をすうっと閉じた。
初めて、震えることを、
止めた。







「な、な、な」
老医師はあんぐりと口を開き、その光景を見ていた。
其処には、青年と少女が居るはずだった。
光る雲のような輝きを見た後、其処に残っていたのは青年とぐしょぐしょに濡れそぼった、 灰色の拘束服だけだった。

「ど、何処に!?」
呆然とした医師と看護婦を尻目に、青年はすっと立ち上がるとその部屋を 後にしようとする。
「夢幻君!これは一体・・・」

つと足を止めて、振り返った 青年はにやりと唇の片端を上げて、懐から煙草とマッチを取り出した。

「どうしてあの子は寒かったんでしょう?」
「は?」
「――――溶けて、しまうのにね」



シュッと擦る音がして、やがて青年はゆらゆらと煙を吐き出す。
「貴男は、それを考察した方がいい」


グロ、したかったんですよ(笑)
でも内臓系がよく分からなくて(^^;
タイトルもいーかげんですね。あう。
書きたかったのは『寒がりな雪女』。―――そのままやんけ!!
章・あきら・さん、こんな魔実也で良かったでしょうか〜〜(T.T)
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